お茶会が終わって


 デイジーさまとのお茶会が終わり、私とレオンハルトさまは屋敷に戻る。その馬車の中で、真剣な表情で問われた。


「王妃殿下との会話で、エリカ嬢の不安は解消されましたか?」


 ドキリ、と鼓動が跳ねた。――私は、そんなにわかりやすい顔をしていたのかしら? 淑女レディとしてのたしなみとして感情を隠す特訓はしていたのだけど……。ここでなんのことでしょうか、としらを切るのは悪手よね。


「――まだ、少し気になるところです。フォルクヴァルツに無事につくまで、油断はできないと考えています」

「なにを恐れているのかを聞いても?」

「アデーレ嬢が、塔で大人しくしているでしょうか……」


 一番の不安はそこなのよね。自分がヒロインだと知っている彼女が、このままフェードアウトしてくれるかしら? あの不思議な力にまだ目覚めていない彼女が、これからどうなるのかもわからない。


 ゲームでは、ダニエル殿下と結ばれた時点で目覚めているはずなのよ。攻略対象との愛が彼女に不思議な力を授ける――だったかな、もうほとんど覚えていないから、曖昧だ。


 レオンハルトさまは少しの間黙り、それから顔を上げて「ちょっと失礼します」と私の隣に座った! ヒェェ、間近で見てもなんて綺麗な顔! じゃなくて!


「れ、レオンハルトさま……?」


 レオンハルトさまは私の肩を掴んで、空いている手で私の頭を撫でた。それから、ふわりと優しく微笑む。


「あなたのことは、オレが守ります」


 柔らかい表情で紡がれた言葉に、思わず息をむ。


「だから、そんなに心配そうな顔をしないでください」


 頭に置いた手が、頬へと移動する。こつん、と額と額が合わさり、一気に体温が急上昇した気がする。だって、顔だけじゃなくて、身体全体が熱い。


 好きな人に触れられて、顔色が変わらないなんて、私には無理な芸当だったんだわ……!


 真っ赤になった私に気付いて、レオンハルトさまの目が細められる。ゆっくりと、顔が近付いて――……あと少し、というところで馬車が止まった。


「ついたようですね」


 何事もなかったかのように、レオンハルトさまの顔が離れる。心臓がバクバクと爆音を奏でているのを、私は「ぁ、ぅ……」と言葉にならない言葉を発しながら、なんとか落ち着こうと深呼吸を繰り返した。


 もう少し、屋敷につくのが遅かったら――と、そっと唇を指でなぞった。


「エリカ嬢?」


 いつの間にか馬車の外に出ていたレオンハルトさまが、私に向けて手を差し伸ばしている。


 私は、その手を取って、馬車を降りた。


 心臓はまだ早鐘を打っているけれど、差し伸べられた手を掴まないなんて選択肢、私にはないの。


 触れるだけでもドキドキするのに、あのまま唇が重なっていたら私の心臓はどうなるのだろう。想像するだけで顔が赤くなっちゃう。


「おかえりなさい、エリカ」

「ただいま戻りました、お母さま。……お出掛けですか?」

「ええ。たまにはデートをしないとね」


 私たちが玄関に入ると、綺麗に着飾ったお母さまが出迎えてくれた――というよりは、今から出掛けるみたいだ。お父さまも着飾っているし、ふたりが並ぶとなんだか眩しい。


「お母さまたちは明日まで帰らないから、ふたりでいろいろ話し合いなさいねぇ」


 私に近付いたお母様がこそっと耳にささやく。驚いて目を見開くと、お母さまは鼓舞するように私の肩をぽんぽんと叩いてからウインクした。


「それじゃあ、レオンハルトくん、エリカのことをよろしく頼むよ」

「はい、楽しんで来てください」


 お父さまとレオンハルトさまがそう言葉を交わして、入れ替わりのようにお父さまとお母さまが屋敷から出て馬車に乗る――までを見送り、ちらりと彼を見上げた。


 私の視線に気付いたのか、レオンハルトさまは「どうしました?」と首を傾げる。慌てて「いえっ」と両手を振ってから、真っ直ぐに彼を見つめて、カーテシーをした。


「レオンハルトさま、今日は私のワガママに付き合っていただいて、ありがとうございました」

「ワガママにも入りませんよ」

「そうでしょうか……? 私はとても心強かったですわ」


 ひとりで王城に向かうのはちょっと、勇気がいるからね。ダニエル殿下と会うかもしれないし……それは避けたかった。まあ、恐らく彼も私に会いたいとは思わないだろうけど。


 一方的に婚約破棄をしてきたのはあちらだし、デイジーさまもそれはわかっているみたいだから『愚息』なんて言ったんだろう。


「お役に立てたのなら良かった。エリカ嬢は少し休んだほうが良いと思います。顔が赤いですし……」


 それはあなたのせいです、とはさすがに言えなかった。


「そ、そうですわね。食事の時間まで休みますわ。レオンハルトさまは?」

「オレも休ませてもらいます。あ、紙とペンをお借りしても良いですか? 手紙を書きたいのです」

「それは構いませんが……、手紙、ですか?」

「ええ、エリカ嬢とともにフォルクヴァルツに向かうことを、先に知らせておこうかと」


 当たり前のように言われて、思わず目を大きく見開く。レオンハルトさまの描く未来の中に、私がいることが嬉しい。嬉しいけれど、それをさらりと言われると反応をすぐに返せなくて困ってしまう!


「それに、すぐに出発の準備をしたほうが良いでしょう?」

「……はい。フォルクヴァルツに向かいたいです」

「最短で何日あれば準備を終えられますか?」

「……三日ほどあれば、準備を終えられる自信がありますわ」

「なら、三日後にフォルクヴァルツに向かいましょう」


 にこり、と微笑むレオンハルトさまの表情に見惚れてしまう。こくこくと何度もうなずくと、彼の手が伸びてそっと私の頭を撫でてから頬に下がる。近い、近い、近いって……!


 ますます赤くなってしまう私に、レオンハルトさまは小さく口元に弧を描き、頬から手を離して自分の指を私の唇にちょんと当てた。


 その指を自分の唇に当て、


「それじゃあ、ゆっくり休んでください、エリカ嬢」


 と、言った。


「は、はい……」


 なに今の、なに今の!? 私の心をガシッと鷲掴みして離さない彼の言動に、心臓は高鳴り続けている。


 ――落ち着こう。そう、落ち着くのよ……、エリカ・レームクール!


 自室へと逃げるように向かい、自室に入って深呼吸を繰り返す。ずるずると扉を背にしてしゃがみ込んでしまった。


 心臓が早鐘を打ってうるさい。でも、それも悪くないなんて思う自分がいて驚いてしまった。レオンハルトさまと出会ってから、知らない自分に出会えるわ……。これが、恋の力なのかしら……?

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