お茶会


 デイジーさまへお茶会のことを相談する手紙を出すと、それならすぐにしましょうと返事が来た。明日、レオンハルトさまと一緒に王城に向かう。


 そのことを伝えると、レオンハルトさまは「わかりました」と言ってくれた。急なことで本当に申し訳ない。でも、なにも言わずに私の考えに沿ってくれるその対応、とても好きだわ。


「エリカ、デイジーさまにお会いするのなら、渡したいものがあるの」

「渡したいもの、ですか?」

「ええ。クッキーなんだけど、甘くないクッキーなの。きっとデイジーさまも気に入ると思うわぁ」


 にこにこと笑うお母さまに首を傾げる。甘くないクッキー? と。お母さまは「そうよぉ」とどんなクッキーなのかを教えてくれた。どうやら、スパイスをふんだんに練り込んだ生地で作っているようだ。

「ワインに合うのよぉ。デイジーさまはワインがお好きだから、いつかお渡ししたいと思っていたのよねぇ」


 ――確かに、デイジーさまはワインがお好きだ。ワインと名のつくものは集めているらしい。子どもが生まれたときにも、その年のワインを買って子どもが大きくなったら一緒に飲むのが夢だと語っていたことを思い出して、なんとも言えない気持ちになる。


「わかりました、明日、お渡ししますね」

「お願いするわぁ」

「陛下には良いのかい?」

「デイジーさまと一緒に食べるでしょ、きっと」


 陛下に対してはそのクッキーを渡す予定はないみたい。お母さまはうきうきした様子でクッキーの手配を始めた。お父さまはそれを見て小さく肩をすくめる。レオンハルトさまは「ワインか……」と小さく呟いていた。


 そして翌日、お母さまから頼まれたクッキーを手に、王城へと向かう。もちろん、レオンハルトさまと一緒に。


 レオンハルトさまもなにか用意をしたようだ。


 王城につき、デイジーさまの元へ急ぐ。デイジーさまは私たちに気付くと、ふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべて、


「いらっしゃい」


 と柔らかい言葉で迎えてくれた。


「先日は愚息の変なところを見せてしまって、ごめんなさいね」

「いえ、お気になさらず」


 慌てたように手を振るレオンハルトさま。レオンハルトさまは話題を変えようとしたのか、持っていたものをデイジーさまに差し出す。


「あの、良かったら。フォルクヴァルツで採れたブドウで作ったワインです」

「あら、ありがとう。いただくわ」

「デイジーさま、こちらもどうぞ。母からですわ」


 スパイスクッキーも差し出すと、デイジーさまは一瞬目を丸くして、それから「ふふ、ありがたくいただくわ」とワインとクッキーをメイドに渡した。


「――じゃあ、座りましょうか。話はそれから」

「はい」


 デイジーさまに促されて、私とレオンハルトさまは指定された場所へ座る。王城の一室を、私とレオンハルトさまとのお茶会のために貸し切ってくれたようだ。


 用意されたお茶やお茶菓子を見て、執事がお茶を淹れて私たちの前に置く。


「あなたたちは下がっていて」

「かしこまりました。御用の際は声をおかけください」


 執事とメイドは素直にその場から去る。恐らく、扉の前でデイジーさまの護衛と一緒に待機しているだろう。


「それで、話とはなにかしら?」

「――アデーレ・ボルク男爵令嬢のことです」


 私が彼女の名を口にすると、デイジーさまはぴくりと眉を跳ねさせた。


「彼女なら、まだ塔の最上階よ」

「それは、いつまでのことでしょうか?」


 気になっていたのは、卒業パーティー後に行われるパレードのこと。つまり――ゲームのエンディングだ。


 でも、この状況でパレードなんて行えるとは思えない。ダニエル殿下と私の婚約破棄は、パレードの準備をしていた人たちを困惑させただろうと思うと、心が痛む。


「彼女の頭が冷えるまで、かしらねぇ? あの子、かなりわけのわからないことを言っていたから」

「どんなことなのか、お聞きしても?」

「ええ。『ヒロインはわたくしなのに!』とか、『どうしてあの力が目覚めないの!?』とか、『このままじゃエリカさまが幸せになっちゃう!』とか言っていたわねぇ」


 ……ゲームのヒロインに転生したけれど、あの不思議な力は使えないってことよね。最後に関しては、どうしてそこまで私を幸せにしたくないのかわからない。彼女に恨まれることをした覚えはないのだけど。


「本当にわかりませんね、なにを言っているのか」


 呆れたように眉を寄せるレオンハルトさま。言っている意味を理解できるのは、きっと私だけね。


 デイジーさまはお茶を飲んで「そうでしょう?」と口にした。


「あの子と話していると頭が痛くなるのよね。この世のすべてを自分のものだと思っている感じがして」


 ……まぁ、ダニエル殿下ルートでは国母になるし、間違ってはいない? なんて考えながらもお茶を飲む。スッキリとした後味のお茶だった。私の物語もこのくらいスッキリとした結末を迎えてくれると嬉しい。


「それはまた、男爵令嬢とは思えないですね……」

「ダニエルはどうしてあんな子を選んじゃったのかしら。まったく、女を見る目がないのだから。……その点、フォルクヴァルツ辺境伯は良いタイミングだったわね」

「お見合いの相手がエリカ嬢で驚きました」


 デイジーさまに向けて爽やかな笑顔を見せるレオンハルトさま。その笑みを見て、デイジーさまはマカロンを手に取った。ぱくりと食べて大きくうなずく。


「エリカ嬢との婚約破棄の話は、一瞬で広まったものね。あのパーティーに記者が呼ばれていたみたい」

「そうなのですか……?」


 まぁ、確かに王族であるダニエル殿下が卒業するのだから、それを記事にしたいと来ていたのかもしれない。それがまさかの婚約破棄騒動。号外は飛ぶように売れたと聞いたけれど、本当かしら?


「あなたたちは、いつフォルクヴァルツに向かうの?」

「用意が出来たら、すぐにでも」

「そう。寂しくなるわねぇ……」


 デイジーさまが頬に手を添えて小さく息を吐く。それでも、最後には笑って、


「幸せになりなさい、ふたりとも」


 と、祝福してくれた。


「ありがとうございます」


 同時にそう言うと、デイジーさまは目を丸くして、それから「お似合いのふたりね」と言ってくれた。

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