アデーレの言ったこと 1話
そっと私の頭を撫でるお父さまの表情はとても優しかった。
「不安がることはないよ。きちんと許可は得ているからね」
「……いつの間に……?」
「んー、きみたちがラブラブしている間に?」
ぼっと顔から火が出るかと思った。ちらりとレオンハルトさまを見ると、彼も耳まで真っ赤になっていた。くぅ、か、可愛い……! でもお父さま、からかわないで……!
悲鳴が途切れて数分後、お母さまが謁見の間から出てきた。スッキリした表情を浮かべている。……一体、なにをしてきたのだろう……?
「あらぁ、待っていてくれたのぉ? 遅くなってごめんなさいねぇ」
「そんなに待っていないよ、マイハニー! さあ、屋敷に帰ろうか」
お父さまはお母さまの腰に手を回してイチャイチャしながら帰路についた。すれ違う騎士たちが羨ましそうにお父さまとお母さまを見ていたことに気付いて、小さく口角を上げる。
「どうしたんだい?」
「両親がいつまでも仲が良いのは微笑ましいのだけれど、娘としては目のやり場に困るわねぇと感じていました」
頬に手を添えて肩をすくめてみせると、レオンハルトさまは一瞬目を丸くして、それからふふっと肩を震わせた。
私たちも屋敷に戻ろう。そして、アデーレの言っていたことを考えてみよう。私が居ないと発生しないイベントって、どんなものがあったかしら?
――正直、明日にはもうレオンハルトさまの治める領に向かいたいんだけどね!
帰りもレオンハルトさまとふたりきりの馬車だった。お父さまとお母さまは、きっと馬車の中でもくっついていることでしょう……。
「……王族の方にお会いするのは久しぶりでした」
「感想をお聞きしても?」
「……ダニエル殿下って、あんな感じでしたっけ……?」
ふ、と目元を細めるレオンハルトさま。数回お話したことはあるらしいけれど、今日の様子を見るのは初めてだったみたいね。
「学園ではずっとあんな感じでしたわ」
――学園生活を思い出して思わず視線を下げる。アデーレと一緒に居る彼は、とても幸せそうだった。ヒロインと一緒に居るのだもの、当然よね、と遠くから眺めていた頃が懐かしい。
それにしても、アデーレも転生者だったなんて……。正直ちょっと疑ってはいた。いたけれど……、なんだか複雑な心情だわ。
「……あの、レオンハルトさま。アデーレ嬢のことは、どう思いまして?」
「アデーレ・ボルク男爵令嬢のことですか? そうですね……」
レオンハルトさまは考えるように視線を巡らせて、私のことをじっと見つめた。
「不思議な人だな、と思いました」
「不思議?」
「ええ。自分が王妃になることを確信しているような態度でしたし、なにを根拠に? と」
それはきっとアデーレが原作をプレイして、ダニエル殿下のルートをこの世界でなぞったからだと思います――なんて、さすがに言えないわ。
「イベントがどうのって言っていましたよね」
「……そうですわね」
そんなことを口にしたアデーレを見るデイジーさまの冷たい視線ったら! 絶対零度ってこういうときに使うのかしら。思い出しただけでもぞくっとするわ。
そしてなにより、そんなデイジーさまでも美しいのがまた恐ろしい。
美人が怒ると怖いってこういうことなのかしら。綺麗な顔で絶対零度の視線。それに動じないアデーレはある意味大物かもしれない。
「レオンハルトさま、今日は我が家でゆっくり休んでください」
付き合わせてしまったし、私を送ってからでは遅い時間になってしまうだろう。レオンハルトさまは目を一度
はにかむ姿もとても好み。この人自身が私のストライクゾーン過ぎるのよ……!
「両親と一緒の食事になると思いますが……」
「賑やかで良いですね」
お父さまとお母さまのことをそう言ってくれるって、なんだか嬉しい。
屋敷について、レオンハルトさまのエスコートで馬車を降りる。お父さまとお母さまは私たちに近付くと、
「疲れたでしょう?」
と、労わってくれた。
「お父さまとお母さまも、でしょう? 私のために怒ってくださって、本当にありがとうございます」
「あらぁ、エリカったら。お母さまを泣かせないでちょうだいな」
うるっとお母さまの瞳が
ハンカチを取り出して、目尻に浮かんだ涙を
「エリカのためにお父さまとお母さまが怒るのは当然だ。親だからな。ダニエル殿下とアデーレ嬢は、これからどうなるのか……まぁ、ふたりにはもう関係ない人たちなのだから、幸せになることだけを考えなさい」
……この国に居る以上、関係はあると思うのだけど……。でも、そうね。恐らくもうほとんど会うことはないでしょう。なんらかの行事で会うくらいかしら?
アデーレに関しては、どうなるのかもわからない。彼女は男爵令嬢だから……。ボルク男爵はどういう決断をなさるのかしらね。
「スッキリしたらお腹が空いたわぁ。フォルクヴァルツ辺境伯も一緒に食事をしましょう?」
「はい、ぜひ」
お母さまの言葉にぺこりと軽く頭を下げるレオンハルトさま。
私はとりあえず自室に向かい、このドレスを脱ごう。そして、別のドレスに着替えよう。気合を入れる用事は、もう終わったのだから。
「それでは、レオンハルトさま、私は着替えてきますね」
「はい、お疲れさまでした」
「レオンハルトくんは着替えるかい?」
「そうですね、着替えは持ち歩いているので、着替えます。正装ってなんだか着慣れなくて、変な感じがするので……」
「……そうか、きみは騎士団の服を着ていることのほうが多いか」
お父さまが納得したようにうなずき、それから私に視線を向ける。
「エリカ、食事の時間までゆっくり休んでいなさい」
「はい、お父さま。それでは、また食事の時間に」
カーテシーをしてから自室に足を進めた。後ろをちらりと振り返ると、お父さまとレオンハルトさまがなにかを話しているのが見える。どんな会話をしているのかしら……?
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