謁見 3話


「……エリカ嬢、学園でアデーレ嬢は、どんな風だったか覚えているか?」


 オイゲン陛下が私に視線を向ける。


「……そうですね、普通……だったと思います。私以外の方には明るくて素直な方、かと」

「エリカ嬢にはどうだったのだ?」

「……対抗心を抱かれていたように感じました」


 ダニエル殿下の隣に居るときには勝ち誇ったような顔をしていたからね。私が涼しい顔をしていると、悔しそうにしていたこともあったっけ。だからこそ、なんで原作のヒロインがこんな風に対抗心を燃やしているんだろうと考えたのよ。


 それで、思った。私のように転生しているんじゃないかって。ダニエル殿下ルートを走り続けているのを知っていたから、アデーレとダニエル殿下には最低限しか会わないようにしていた。それが功を奏した結果がレオンハルトさまとの婚約だ。


「なぜアデーレがエリカに?」


 ダニエル殿下がいぶかしむように眉を寄せて、眉間にくっきりと皺を刻む。


「アデーレ嬢にとって、私は厄介な相手だったのでしょう」


 なんせ、ダニエル殿下の婚約者だったから。貴族だけではなく、平民たちも私たちの婚約を知っていたし。婚約者がいる相手を奪うなんて、ゴシップもいいところだ。


「なので、私はアデーレ嬢とはふたりきりにならないように、そしてなにも口にしないことに決めたのです」

「口にしない?」

「私がなにを言っても、ダニエル殿下はアデーレ嬢を庇うでしょう。そうなれば、悪役になるのは私です。私は、レームクール伯爵令嬢としての矜持きょうじを守りたかったのです」


 ぎゅっとレオンハルトさまの手を強く握ると、彼は握り返してくれた。力強いその手の感触に励まされるようだった。


「――ダニエル殿下。八年もの間、あなたの婚約者として過ごした私から一言、よろしいでしょうか?」

「な、なんだ」

「――人を見る目を養ってくださいませ」


 このくらいの嫌味は許されるだろう。にこりと微笑んでそう言えば、ぷるぷると怒りか恥辱ちじょくか拳を握って震えていた。


「ほほほ、まさにその通りですこと」


 デイジーさまが高らかに笑った。その笑い声に、ダニエル殿下は唇を噛む。


「エリカ嬢、今度、お茶に付き合ってくれないかしら?」

「ありがとう存じます、ぜひお付き合いさせてくださいませ」


 デイジーさまの言葉に私は頭を下げた。ダニエル殿下の婚約者だった頃、デイジーさまとは数度お茶を一緒に飲んだ。王族の一員になるのだから、恥をかかないようにといろいろ教えてくださったのだ。


「逃がした魚は大きい、とはこのことかもしれんな……」


 ぽつりとオイゲン陛下がつぶやき、それを聞いたレオンハルトさまが顔を上げる。


「そのおかげでわたしは幸せになれますね」


 にこにこ、と爽やかな笑顔を浮かべるレオンハルトさまに、オイゲン陛下とデイジーさまが破顔した。


 なぜか呆然としているダニエル殿下を一瞥いちべつし、レオンハルトさまは私に視線を向けた。その表情の晴れ晴れとしたこと!


「――陛下、エリカとフォルクヴァルツ辺境伯の婚約は許可していただけたようなので、我々はこれで失礼します」

「ああ、わざわざ足を運んでもらってすまないな」

「いいえ。これで正式に婚約が纏まったので、とても安心しました」


 お父さまが胸元に手を当てて、一礼した。私たちもそれぞれ陛下たちに頭を下げて、謁見の間から出て行く。


 ――レオンハルトさまとの婚約が、正式に決まった。そのことに安堵の息を吐く。やっぱり、正式に決まるまでは不安だものね。


 ……あら? お母さまがぴたりと足を止めたわ。


「お母さま?」

「……先に行ってちょうだいな。お母さまは、ちょーっと忘れ物しちゃったから」


 にこりと微笑むお母さま。その瞳は鋭利えいりな刃物のように鋭かった。謁見の間に戻るお母さまを、お父さまは引き止めなかった。


「……よろしいのですか?」


 お父さまにたずねると、お母さまのほうをじっと見つめていたお父さまが肩をすくめて、私の背中をぽんと優しく叩く。


「娘を思う母の気持ちを、止められるすべは持ってないなぁ」


 なんて明るく言うものだから、目をぱちぱちとまたたかせてしまった。


「それに、うちの可愛いエリカの努力も知らずに、他の女性にうつつを抜かすような男、お母さまが許すわけないじゃないか」


 ――お父さま、そんな爽やかな笑顔で言うセリフではないと思います! そう考えていると、謁見の間から恐怖一色の悲鳴が聞こえてきた。レオンハルトさまが「!?」とびっくりしたような表情を浮かべて、声がしたほうに振り返る。お父さまはくすりと笑い声をあげて、ひらひらと片手を振った。


「ああ、気にしないでくれ。悪い子にはお仕置きが必要だろう? それがたとえ王子であったとしても」

「……なるほど……?」

「まあ、今回の件で王子としての立場も危ういだろうけどね」


 ……確かに、婚約者がいながら浮気を繰り返して、卒業パーティーで堂々と婚約破棄を宣言して、元婚約者の顔に泥を塗るような王子を、誰が支持するのか……。謝罪も受けていないしね。


 ああ、そうか。謝罪がないのが問題でもあったのね。お母さまの怒りポイント。悪いことをしたなら謝る、のは人として当然のことだけど、ダニエル殿下は王族だからか、自分に非があっても謝ることはしない人だった。


 これは王族の教育方針も考えさせられるわよね。王族には威厳が必要だから、着飾り、堂々とした態度を取る。もしも王族が貧しそうな格好をしていたら、他国から笑われるか国を奪おうとされるかだ。


 そのうちに、謁見の間から悲鳴が途切れた。恐らく、ダニエル殿下が気絶をしたのだろう。……お母さま、一体なにをしたのかしら……。知りたいような知りたくないような、複雑な心境を持て余しつつ、お父さまの袖をくいと引っ張る。


 私がなにを心配しているのか理解したのだろう、お父さまは目尻を下げて微笑んだ。

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