婚約成立を報告!


 そして、馬車に乗って屋敷まで送ってもらう。レオンハルトさまは先に馬車を降りて、私に向かい手を差し伸べる。その手を取って馬車から降り、家の中に入る。


 執事にお父さまとお母さまがどこに居るのかをたずねると、「執務室でおふたりをお待ちです」と教えてくれた。私はレオンハルトさまを見上げると、レオンハルトさまも私に視線を向けていた。


「ありがとう、執務室に向かうわ。お茶の用意をお願いできるかしら?」

「かしこまりました、すぐにご用意します」


 執事にお茶を頼み、私たちは執務室まで歩く。執務室の扉の前で一度立ち止まり、深呼吸。


 扉をノックすると、すぐにガチャリと扉が開いた。


「お帰りなさい、楽しい時間を過ごせたようねぇ?」


 にこにこと微笑むお母さまが私たちを出迎えた。ちらりと中を確認するように視線を向けると、お父さまは書類を手にしたまま動かない。こほん、と一度咳払いをしてから、「入りなさい」と私たちに声を掛ける。


 お父さまの声に、私たちは執務室へ足を踏み入れた。


 常設されているソファに座り、お父さまに顔を向ける。レオンハルトさまも私の隣に座った。


「失礼いたします」


 先程お茶を頼んだ執事が、メイドと一緒にお茶を持って来てくれた。お父さま、お母さま、レオンハルトさま、そして私の分のお茶を淹れ、お茶菓子もローテーブルに置くと、一礼して執務室から出て行った。


「さて、……その表情を見るに、婚約成立の報告かな?」


 書類を机に置いて、両手を組みそこに顎を乗せ、真剣な表情で私たちに問うお父さま。レオンハルトさまは、小さくうなずき、すくっと立ち上がり、お父さまに近付いた。


「レームクール伯爵令嬢から許可をいただきました。わたしたちの婚約を、認めていただけますか?」


 私からはレオンハルトさまの後ろ姿しか見えなかったけれど、緊張しているのがわかった。


 お父さまはしばらく黙り込み、それから口を開く。


「……うちのエリカは頑張り屋でね。ダニエル殿下の婚約者になったあと、とてもとても努力していたんだ。その努力も露と消えた。きみは、エリカのことを裏切らないと約束してくれるかい? これは、レームクール伯爵としての言葉ではなく、エリカの父親としての言葉だ。どうだい、フォルクヴァルツ辺境伯?」


 お父さま……。……ダニエル殿下との婚約後、私が王族と並んでも見劣りしないようにと努力を重ねていたことを知っていてくださった。そして、それが露と消えたことも、お父さまの心を痛めていたのね。


 私がお父さまに声を掛けようとした瞬間、レオンハルトさまが言葉を発した。


「――裏切りません。絶対に、レームクール伯爵令嬢を守ります。この命に代えても」

「――こらこら、それはダメだ。夫婦はともに居なくては。きみはあいつに似ずに真面目な子に育ったんだねぇ……」


 どこか呆れたような、感心したような、それでいて嬉しそうな声でお父さまが笑った。


「お父さま、この方なら……、私は大丈夫だと思います」

「そうねぇ、エリカがそう言えるくらいだもの。反対なんてしないでしょう?」


 お母さまが扇子で口元を隠して目元を細める。お父さまは私たちの顔をじっくりと眺めて、それから小さく息を吐いた。


「――娘をよろしく頼む」

「はい、ありがとうございます。必ず、幸せにします」


 その言葉に私はレオンハルトさまに駆け寄って手を繋いだ。


「違いますわ、レオンハルトさま。私がレオンハルトさまに幸せにしてもらうのではなく、が幸せになるのです」


 レオンハルトさまは一瞬驚いたように目を見開いて、私を見る。私がにこりと微笑むと、彼は「……そうですね」と頬を染めてうなずいた。


「では、これで婚約成立だ。――ああ、なんだかあっという間に決まって良かったような寂しいような……」

「あなたったら……。でもそうねぇ、今度は心から祝福できるわぁ」


 お母さまが扇子を閉じてお父さまの背後に近付き、後ろからぎゅっと抱きしめた。私たちを見るふたりの表情は、安心しきっているように見えた。なんだか、くすぐったい気持ちだわ。だって、ダニエル殿下と婚約したときより、良い笑顔だったから。


「さて、レオンハルトくん、まだ時間はあるかな?」

「はい」

「では、ここからは男同士で話そうじゃないか!」


 明るくそう言うお父さまに、お母さまはそっと離れて私の手を取った。


「それじゃあ、エリカはお母さまと散歩でもしましょうねぇ」

「え? あ、はい……」


 レオンハルトさまの手を離すのは、なんだか名残惜しい気がした。でも、こうしてお母さまと一緒に散歩ができるのももう残り少なくなるだろう。そう考えると、家族の時間も大切にしたかった。


 ちらりとレオンハルトさまを見ると、彼は優しく微笑んでうなずいた。


 お父さまは椅子から立ち上がり、レオンハルトさまに近付くとガシッと肩を掴んでバンバンと叩き、彼を連れて歩き出す。


 その姿を見送り、くすくすと笑うお母さまに視線を向けると、お母さまは「その前に、お茶を飲みましょうねぇ。せっかく淹れてもらったんだし」とすっかりぬるくなったお茶を一気に飲み干した。私もカップを持ち、ごくごくと飲み干す。ぬるくなっても美味しいお茶だ。


「エリカ、行きましょう?」

「はい、お母さま」


 執務室を出て、お母さまについて行く。お母さまは中庭までの道を歩いていく。咲いている花々を眺めながら、「それで、彼のこと、好きになったのぉ?」と聞いてきた。


「お、お母さま……!?」

「あら、お顔が真っ赤よぉ。うふふ、エリカも恋をしたのねぇ」

「確かに、レオンハルトさまを想うと……鼓動が早鐘を打つようです」

「恋は良いわよぉ。女の子を綺麗にしてくれるし、世界が輝いて見えるの。――でもねぇ、恋って、綺麗なだけではいられないのよぉ」


 ちらりと私を見て、それからにこにこと笑いながら恋のことについて語り出した。


「綺麗なだけではいられない……?」

「人を好きになるって、自分のみにくい心と向き合うことでもあるのよぉ」

「醜い心?」

「ええ。あの女性とどうして親しげなのかしら? どうしてそんなに優しくするのかしら? どうして笑顔を見せるのかしら? って……まぁ、嫉妬よねぇ」

「嫉妬」

「それだけじゃないわぁ。独占欲も出るでしょうし、彼がどんなことを考えているのか気になっちゃう。……でもね、それも人を好きにならないと感じないことだと思うのよぉ」


 しみじみと語るお母さまに、お父さまに対してそんなことを感じていたのかな? と考えた。

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