両親の馴れ初め
「……それは、お母さまがお父さまに恋をしてから、知った感情なのですか?」
「あら、気付いちゃったぁ? うふふ、そうよぉ」
お母さまは私に向けて笑みを浮かべて、それから頬に手を添えた。
「お母さまとお父さまの馴れ初めを、教えていただけますか?」
お母さまはキョトンとした表情になったけれど、すぐににんまりとした笑みを浮かべ、空を見上げる。
「社交界デビューしたときに、あの人がいたのよぉ。留学していたの。パッと見て、お父さまに一目惚れしてねぇ。そのまま勢いでプロポーズしちゃったのよぉ」
うふふ、と笑うお母さまに、私は目を丸くした。お母さまが、お父さまにプロポーズしたの!? お父さま、びっくりしたんじゃないかな?
「お父さまは、すぐにお母さまのプロポーズを受けたのですか?」
「いいえ、まさかぁ。会って数分もしないうちのプロポーズだったから、なにかの冗談だと思ったみたい。でもね、お母さまが真剣なことに気付いてくれて、まずはお友達からってことになったのよぉ」
懐かしむように目元を細めて空を見上げ続けるお母さま。それから、今度は私に顔を向けた。
「お父さまが国に帰るときに、『あなたはこの国に未練はないのですか?』って聞かれたわねぇ。だから、『あなたがいない国で暮らすことのほうがイヤです』って答えたの。そしたら彼、国に帰って一ヶ月くらいでお母さまの元に来てくれてね、プロポーズをしてくれたのよぉ」
きゃっとはしゃぐように両頬に手を添えて、顔を赤く染めた。本当に、お父さまのことが好きなのね。
「それで、この国に来たわけなんだけどぉ……やっぱり文化の違いや話し方の違いってあるじゃなぁい? それでいろいろあったし、お父さまを狙う人って結構いたのよねぇ。女同士の戦いが始まったけれど、お父さまはお母さまのことをとっても! 大事にしてくれたのよぉ」
お母さまは私の肩をバシバシと叩いた。照れ隠しなのかもしれないけれど、地味に痛いです、お母さま……。
「人を好きになるって、自分の
じーっと私を見つめてくすくす笑うお母さまに、私は頬が赤くなったと思う。確かにレオンハルトさまにまっしぐらだった。
「――あなたが恋を出来て良かったわぁ」
「……え?」
「ずっと、無理をしていたでしょう? ダニエル殿下の婚約者になってから、その身分に負けないようにって。背伸びをするのは悪いことじゃあないけれど、あなたが苦しんでいるように見えたの。それに、エリカの努力も知らずにのうのうと過ごしているダニエル殿下には、エリカを任せられないわぁって、前々から思っていたのよぉ?」
そんなことを考えていたなんて、知らなかった。両親が私の努力を知っていたことも、こんなに私のことを愛してくれていたことも、なんだかすごく嬉しかった。
思えば、私が背伸びをしているときでも、両親は黙って見守ってくれていた。体調が悪くなる前にストップをかけてくれていたのも家族だ。
「エリカが選んだ人なら、お母さまは反対しないわぁ。でもね、エリカはお母さまの可愛い娘なの。なにかあったら、きちんと頼ってちょうだいねぇ?」
「お母さま……」
ああ、私の涙腺はもろくてダメね。ポロポロと涙を流すと、お母さまはそっと私を抱きしめてくれた。
お母さまの温もりを感じて、静かに目を閉じてその優しさに浸る。ぽんぽんと優しく背中を叩いてくれて、涙はなかなか止まらなかった。
ようやく涙が止まり、お母さまが私の頭を撫でて、いつの間にか近くに来ていたメイドから温かいタオルと冷たいタオルを受け取って目のケアをしてもらい、今日はレオンハルトさまと食事を摂ることになった。
目のケアをしっかりしてもらったおかげで、目の腫れは化粧で隠れた。
お父さま、お母さま、レオンハルトさま……そして私の四人で食事をして、とても和やかな時間が流れた。
こんなに穏やかな時間、夢なら覚めないで欲しいと願うくらい、心地の良いもので……。ちらりとレオンハルトさまを見ると、彼は私の視線に気付いたのか、こちらを見てにこりと微笑んだ!
「お口に合うかしらぁ?」
「はい、とても美味しいです」
お母さまに話しかけられて、レオンハルトさまが答える。お父さまはそうだろう、そうだろうと何度もうなずいていて、上機嫌でワインをレオンハルトさまのグラスに注いでいた。
「ワインも美味しいですね」
「そうだろう? このワイン、お気に入りなんだ」
……お父さま、本当に上機嫌ね。お母さまもワインを飲んでいるけれど、私はぶどうジュースだ。これも美味しい。うちの家訓で、二十歳まではお酒厳禁なの。
料理やお菓子に使う分には構わないのだけどね。
「レームクール伯爵と伯爵夫人の馴れ初めを教えていただきました。夫人はとても積極的な方だったのですね」
「あらぁ、知っちゃった? うふふ、そうなの。好きになったら、その人のことしか目に入らなくてねぇ。運命というものがあるのなら、この人がそうだってピンと来ちゃったのよぉ」
お母さまが頬に手を添えてしみじみと口にした。レオンハルトさまも、私と同じようにお父さまとお母さまの馴れ初めを聞いていたのね、とみんなの顔を見渡していると、ぽんとお父さまが手を叩いた。
「あとで、陛下に報告しないといけないね。正式に婚約者が決まったって」
「そのときには私たちも行くからねぇ」
「え、一緒に……ですか?」
レオンハルトさまが目を丸くしていた。私もそう。驚いてふたりを見つめると、お父さまがすっとなにかを取り出す。
「婚約の有無に関係なく、王室からは招かれているからね」
ぴらりと王城への招待状を見せるお父さま。……その招待状、いつ届いたのかしら……? そして、どうして招かれているのかしら……?
「うふふ。ちなみにダニエル殿下とアデーレ? でしたっけ? その子も居るみたいよぉ」
「……え」
思わず小さな声が出た。会いたくない人たちなんだけど……。それでも、たぶん……まだ向き合わなきゃいけないことなんだろうなぁ。
レオンハルトさまが心配そうに私を見ていたから、平気ですよ、と微笑んでみせた。
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