初デート! 2話


「本当に綺麗ですね……」


 チューリップは誰かにきちんと手入れをされているようで、愛情をたっぷりと注がれて美しく咲き誇っている。赤、黄色、白……他にも二色のものとか、とにかくたくさん咲いていた。


「エリカ嬢のほうが綺麗ですよ」


 まさかそう来るとは思わなかった……!


 チューリップに向けていていた視線を、思わずと言うようにレオンハルトさまに向けた。さらっと甘い言葉を口にしているのに、彼は「エリカ嬢?」と首を傾げるのを見て、彼の素はこんな感じなのかしら!? そりゃあね、貴族の間では女性を大切に持ち上げることも教えられるでしょう。褒められてイヤな気はしないし……ただ、ただ……!


 自分の好みの方から言われる褒め言葉って、威力が段違いよ……ッ!


 ありがとう存じますって、笑顔で言えばいいのに。私は口をパクパクと金魚のように動かすしか出来なかった……!


「……どうかしました?」


 ふるふると首を横に振る。


 しっかりしなさい! エリカ・レームクール! 自分で自分を叱咤しったして、じっとレオンハルトさまを見つめる。吸い込まれそうな青色の瞳を見ていると、彼が不思議そうな表情を浮かべた。


「お世辞でも嬉しいですわ。ありがとう存じます」


 なんとか言葉に出来た……! ちょっと声が震えていたかもしれないけれど、返答としてはまずまずの出来ではなくて!?


 自画自賛でなんとか自我を保とうとしたけれど、レオンハルトさまは目を数回またたかせて、


「本心なのですが……」


 と追撃をくださった。……おかしいな、伯爵家の令嬢として、ダニエル殿下の元婚約者として、こんな風に褒められることは多々あったのに! 婚約破棄で私の気が抜けたのかな!?


 それともこの方が私の好みにばっちり一致しているから!?


「あ、ありがとう存じます……」


 私が照れちゃったらどうしようもないじゃないー!


 でも、でもっ、とってもタイプなイケメンからそんなことを言われたら、さすがに照れるわ!


 平常心、カムバック。深呼吸を何回か繰り返すと、チューリップの甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「あ、良い香り……」

「甘い香りですね。エリカ嬢も良い匂いがします」


 だからっ! そう言うことを! さらっと口にしないで! と心の中で騒いでから気付く。……私、香水つけてないんだけど……? シャンプーやコンディショナーの香りかな? それとも、ヘアオイル?


「……あの、私、そんなに匂いますか……?」

「ふわっと香るくらいです。香水って感じもしないので……不思議だなぁ、と」

「ヘアオイルの香りかしら……?」


 匂いがきついのは苦手だから、試行錯誤を繰り返して自分で用意したのよね。あまり香らないヘアオイル。香りと香りがぶつかって具合悪くしたことがあるから……。ちなみにそのヘアオイルはお母さまやメイドたちにも大人気だった。みんな一度は経験があるのかもしれないわね、匂いのぶつかり合い……。


「ヘアオイル?」

「髪につけてスタイリングをすると、纏まりやすいんですよ。髪のダメージもふせいでくれますし……」

「ああ、だからそんなに綺麗な髪なんですね」


 納得したように呟いて、私の髪にそっと触れようとしたところで、動きを止めた。纏めてあるから、触れるのを躊躇ちゅうちょしたのかしら?


「触れても構いませんよ」

「ですが、こんなに綺麗に纏まっているのに、崩してしまうのでは、と」


 帽子を被っているから、そんなに気にしなくてもいいと思うのだけど……。私はそっと帽子を取ってみた。レオンハルトさまがほんの少し、目をみはった気がする。


「どうぞ、触れてみてください」

「……、では、お言葉に甘えて」


 レオンハルトさまは私の前髪に触れてその感触を楽しむように指で梳いた。


「さらさらですね」

「でしょう?」


 ふふ、と目を細めて微笑むと、レオンハルトさまは照れたように頬を赤く染め、前髪から手を離した。それにしても、近い、近いわ……! 距離が近くて鼓動が大きく聞こえる。この鼓動、レオンハルトさまの耳に届いてないよね!?


「もう少し歩きましょうか」

「はい」


 手を繋いだまま歩き出す。どうやら中央の休憩スペースに向かっているようだ。


 ダンスレッスンや淑女としての歩き方のレッスンのおかげで、それなりに体力はあるのよね。足は速くないけれど、持久力ならそこそこあると思う。


「中央に休憩スペースがあるのですね」

「そうみたいですね。休みますか?」

「いいえ、大丈夫です」


 だって、一度座ったらレオンハルトさまの手を離さないと行けなくなりそうじゃない? 繋いだままでいたいのは私のワガママだけど、なんだか名残惜しいのよ。


「では、あちらのチューリップを見に行きませんか?」


 レオンハルトさまはピンク色のチューリップを指さした。どうやら、場所ごとに色が違うみたい。さっきまで歩いていたところはいろんな色だったけど、周りを見渡すと色ごとに区別されたスペースが多い。


「はい、レオンハルトさま」


 そう返事をすると、レオンハルトさまはホッとしたように息を吐いて、それからピンク色のチューリップのところまで歩き出す。不思議な感じ。ダニエル殿下と歩いているとき、こんなにときめいたことあった? って、思わず自分で自分に聞いちゃう。


 だって、さっきからずっと、ドキドキしているんだもの。


 これって初デートよね。初デートで間違いないわよね?


 ピンク色に咲き誇るチューリップに近付いていき、ぴたりと足を止めるレオンハルトさま。どうしたのかしら? と首を傾げてレオンハルトさまを見上げると、彼はチューリップをじっと見つめた。


「……綺麗ですね」

「そうですね。……エリカ嬢」


 真剣な表情を浮かべて、チューリップから私に視線を移す。その声は緊張しているのか、少し震えていた。あまりにも真剣な様子に、息をむ。なにを口にするのかわからなくて、ただ彼の言葉を待った。

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