初デート! 1話


 そして、翌日。


 レオンハルトさまは午前中に訪ねて来てくれた。うーん、やっぱり格好良い。彼は軽く頭を下げ、


「昨日はすみませんでした。慌ただしくおいとましてしまい……」


 と申し訳なさそうに声を出した。私は目を瞬かせて、緩やかに首を振る。


「いいえ、大丈夫ですわ」


 にこりと微笑みそう言うと、ちらりとこちらに視線を向けたあと、ホッとしたように表情を緩めた。あー! もうー! 可愛いー!


 心の中できゃあきゃあとはしゃいでしまっている。だって、しゅんと悲しそうな顔から、パッと表情が明るくなったんだもの!


 下げていた頭を上げて、キリッとした顔になると、胸元に手を当てる。


「本日、エリカ嬢のお時間をいただけないでしょうか?」


 学園は卒業したし、婚約も破棄されたし、時間ならたくさんある。それに、レオンハルトさまからの提案を断るなんて出来ないわ!


「構いませんわ」

「では、出掛ける準備をお願いします」

「あら、どこへ連れて行ってくださるのでしょうか?」

「それは、ついてからのお楽しみです」


 パチン、とウインクをひとつ。……ああ、イケメンのウインクって殺傷力たかぁい……。


 私の鼓動がドクンと高鳴ったのがわかる。


「では、準備をしますので、少々お待ちください」


 レオンハルトさまを待たせることになるので、早急に準備を整えなくては。メイドたち数人を引き連れて、外出用のドレスを選ぶ。うちのメイドたちは腕がいいから、お任せよ。外出なので動きやすいドレスと靴。シンプルなアクセサリーにつばの広い帽子。この帽子も飾りがあまりないもの。フリルはついているけれど。


「いかがでしょうか?」

「完璧よ、ありがとう」


 最後に化粧を直して、レオンハルトさまの待つ場所へ向かう。


 レオンハルトさまは、私の両親と談笑していた。お母さまが私に気付いて、「エリカ、今日は一段と綺麗ねぇ」と頬に手を添えてそう言うと、お父さまもこちらに顔を向け、うなずいた。


「やはりうちのエリカは綺麗だね」

「……ありがとうございます、お父さま、お母さま」


 こういう会話は慣れているんだけど、レオンハルトさまの前だとなんだか気恥ずかしい。レオンハルトさまを見ると、和んだように目元を細めていた。


「――それでは、エリカ嬢のお時間をいただきますね」

「エリカのことを、よろしく頼む」

「はい、もちろんです。エリカ嬢、行きましょう」


 レオンハルトさまの言葉に、足が動く。彼の前に立ち、顔を上げて「はい」と笑みを浮かべると、お父さまとお母さまから、「行ってらっしゃい」と声を掛けられた。


「行ってきます!」


 振り返り、元気よくそう言って、レオンハルトさまのエスコートで馬車に乗る。……どこに連れて行ってくれるのかしら?


 ちらりとレオンハルトを見ると、彼はただ穏やかに笑っていた。


 馬車は動いていないから、目的地についたのかもしれない。そう考えていると、レオンハルトさまが立ち上がり、馬車の扉を開き先に降り、私に向けて手を差し出す。


「さあ、お手をどうぞ」

「ありがとうございます」


 一度深呼吸をしてから、レオンハルトさまの手に自分の手を重ねる。馬車を降りて歩き出すレオンハルトさまに続く私。……手を握ったままなのは、わざとかしら?


 胸の鼓動がドキドキと早鐘を奏でる。そして、ふと気付いたことがあった。とても歩きやすいのだ。


「ここが目的地ですか?」


 レオンハルトさまを見上げてたずねると、彼は私に顔を向けて「もう少し歩いたところです」と答えてくれた。どこが目的地なのかしら?


 そして、やっぱり歩きやすいと感じる。ダニエル殿下と歩くときは、彼のスピードについて行くのが大変だったことを思い出し、眉を下げる。結構な高さのヒールを履いていることを理解して欲しかった、なんて言い訳よね。一度口にしたことはあるけれど、自分のペースを崩すのがイヤだったのか、とても険しい表情をされたのよね……。


 それに対して、レオンハルトさまは私の歩調に合わせてくれているらしく、とても歩きやすい。


 こういう気遣いが出来る男性って本当に素敵! ますます惚れちゃう!


「……レオンハルトさまはお優しいですね」

「えっ?」

「私の歩調に合わせてくださっていますもの。嬉しいですわ」


 にこっと微笑んでみせると、レオンハルトさまは照れたように頬を染めた。


「紳士として、当然のことですよ」


 と口にしていたけれど、その当然のことをさらっと出来るのが真の紳士なんですよ、きっと。なんて心の中で呟きつつ、歩くこと数分。


 レオンハルトさまがぴたりと足を止めた。


「つきました」

「わぁ……!」


 思わず出た感嘆の言葉に、慌てて口元を隠した。レオンハルトさまは、そんな私の様子に少し嬉しそうに笑ってみせる。


 王都の端に、こんなところがあったなんて、知らなかったわ……!


 学園に通っていたときは中央通りくらいしか行かなかったから、ここまで来ることはなかった。だから――こんなに咲き誇るチューリップの花々を見ることはなかったのだ。


「もっと近くで見てみませんか?」

「は、はい……」


 色とりどりのチューリップ。その光景に目を奪われていると、レオンハルトさまが声を掛けてくれた。ハッとしたように顔を上げると、とても優しい顔をしている彼が私を見つめていて……だから、かな。この場所に連れてきてくれたのって、もしかしたら……王都のイヤな思い出を、良い思い出に塗り替えようとしてくれている……と思ったのは。


 私の予想だから違うかもしれない。でも……そうだとしたら、なんて優しい人なのかしら。

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