おばあちゃんは 地獄耳

菊乃

第1話 紅茶のおいしい喫茶店

 歩いて行けるところに、喫茶店があったの。そう、過去形。新型コロナの影響で今も閉店したままです。


 そちらのメニューは、紅茶かコーヒー。それに小さなおやつがついて、500円。

 「いらっしゃい、菊乃さん。元気だった?」

 優しいママさんは、お客さんの好みをおぼえる達人。

 すると、離れた席のお二人さんが、

 「アイミテ 2つ。」

って言ったの。

 「はい。アイミテ2つ。うちのは、個性的で濃いめだけど大丈夫?」


【あるんかい、コーヒー 紅茶以外にも】

ここで、菊乃の右耳がビクンと立ち上がりました。


【アイミテ  あいみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもわざりけり  夏休みの宿題で覚えた百人一首と関係があるのかな?  愛満ち足りての略?  私を見ての略?  そんな飲み物ってある?    あっ、出てきた。】


 「はーい、お待たせしました。」

とママさんは、アイスカフェオレそっくりな飲み物を2つ置きました。


 「これ、チャイみたい、おいしいっ。」

 「生クリームも少し入っているよね。」


【チャイ? 生クリーム入りのチャイみたいなアイミテって、想像すらできない。ここには、もう何年も通っているのにな。】


 「菊乃さん、今日は何にされますか?」

 「わ、わたしも、  あっ、あ・い・み・てにしようかな。」

 「はーい。持ってきますね。」

【頬から耳の当たりが 赤くなっていく。実際には見てないのに、色を感じる。いつも思うけど、これって不思議な感覚。】


 グラスの中で、氷が動く音。

 氷を運ぶ仕事があった頃、この音を聞くことができたのは、限られた人だけ。

そう、お姫様の飲み物。




 書き忘れました。この喫茶店では、飲み物を注文すると、カラオケ券が2枚もらえます。2曲、歌えます。歌好きな人は2杯目を頼んだり、券を買ったりします。


 「はーい、菊乃さん、お待たせしました。特製のアイスミルクティーです。」

 

【アイミテは、アイスミルクティーのことだったのかぁ。】


 ママさんは、聞けば何でも教えてくれます。この特製アイミテは、鍋に地元のミルクとシナモンとてんさい糖と茶葉を入れて、ゆっくり過熱。それをこして、しっかりと冷やしたものだそうです。ちなみに生クリームは不使用。


 普段は、ホットのブラックか、紅茶を頼んでいたので、アイミテは新鮮でした。数回、家で作ってみたけれど、ママさんの味にはなりません。





 ガシャ、という音の後

 「まあ、大変、上着を脱いでください。どこか やけどをしませんでしか?」

 フロアーにママさんの声が響き、みんなの視線が1人の男性に集まりました。

 

 高齢の男性が、あごから胸にかけて熱い飲み物をこぼされたようでした。

ママさんが作業着風の上着の脱衣を手伝うと、その男性は肩口にレースが付いた白いトップスを着てネックレスをされていました。どれも女性もののようでした。

 「これは、いかんな、いかん。家に帰ってきます。500円ね。じゃあ。」


 「小池さん、後でまた、来てくださいね。飲み物、作り直しますから。それに、歌も聞きたいし。待っていますね。」

 ママさんの声を背に、その男性は振り向くことなく帰って行かれました。

 

 「小池さん、奥さんの服を着ていたね。シミにならないように、洗いに帰ったんだだね。でも、まあ、こうやって外出できるようになってよかったよね。」

と常連さんが話し始めると、あいづちを打ちながら、

 「そんなに夫婦で一緒にいるような感じでもなかったけど、1年以上、家から出なかったもんね。大事な人が突然死んでしまうと、そりゃ、辛いよね。俺さぁ、気になって、家にも行ったんだよ。心配してくれる子どもたちと喧嘩をしていると言っていた。『待ってもあの世から迎えは来ないし、頭もボケない。死ぬまで家から出ない。』って、何度もさ、言うんだよ。」

と、もう1人の常連さんが話し出しました。


 私は、小池さんのことを好奇の目で見てしまった気がして、キュッと胸が痛くなりました。そもそも、男の人が女性の服を着たって良いのです。

 何を隠そう、菊乃は、何年も前から、ユニクロメンズの愛好家です。着やすくて、色が落ち着いていて、肩が凝らないから。



新型コロナの流行から3年。


ママさん、どうしているかな。

親切な常連さんたち、お元気かな。

小池さんの歌、聞いてみたかったな。


また、オープンして欲しいな。


温かくなったら、あの日のアイミテをもう一度たのみます。




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