6・マーブルチョコレート

 山に入った四人は、息子が最後に連絡してきた、GPSの座標に向かった。

「息子と友人は、川でキャンプすると言っていた。地図でも座標は河原のようだ」

 狩人が猟銃を手に、先導する。

 次にタケダ氏が。

 三人目にブライド レディ。

 最後にメイドの順で歩いていた。

 タケダ氏は振り返ってブライド レディを見る。

 彼女は、本当は目が見えているのではないかと思うほど、スムーズに歩いていた。

「君、本当に目が見えないのか」

「本当よ。でも慣れてるから」

「そうか」



 狩人が常に携帯しているマーブルチョコレートを、一粒口の中に入れた。

 彼は意外なことに甘党だった。

 山での緊急用の食糧として、チョコレートは栄養食であることから、狩りの時は常に持ち歩くようにしていたことから始まり、今ではすっかり甘党となった。



 河原に到着すると、そこはテントがあったが、しかし ズタズタに引き裂かれており、半壊していた。

 全員荷物をいったん地面に下ろすと、テントなどを調べ始める。

 テントの中には誰も居なかった。

 タケダ氏は息子の姿がないことに、狼狽し、息子の名前を叫んだ。

 しかし返事はない。

 狩人は爪痕を見ながら呟く。

「熊か? だが、そんな季節じゃない。それに爪痕も熊とは違う。見たこともない生き物だぞ」



 そこに声が響いてきた。

「助けてくれー! 父さーん! 助けてー!」

「息子の声だ!」

 タケダ氏は息子の声のする方向へ走った。

 狩人が後を追った。

「待て! 一人で行くな!」

 続いてブライド レディとメイドも追った。

 そして 声のする場所へと到着したが、しかし そこには誰の姿もなかった。

 タケダ氏は困惑する。

「どういうことだ? この辺りから聞こえて来たはずだ」

 ブライド レディが指摘する。

「罠よ。戻りましょう」

 言うが否や、先陣を切ってテントへ走った。

 全員がテントに戻ると、そこに置いたはずの荷物がなくなっていた。

 タケダ氏は理解できずにいた。

「荷物はどこへ行った? 携帯も食糧も、全部なくなった」

 狩人は事態を理解し始めた。

「熊じゃない。いや、そもそも 野生生物がやったんじゃない。これは 人間の仕業だ」



「いったん下山するぞ」

 狩人は提案した。

「犯人が人間と分かったら、もう俺の出る幕はない。警察に出動してもらう。これだけの証拠があるんだ。腰の重い警察も動かざるを得ない。わかったな、タケダさん」

 タケダ氏も同意せざるを得なかった。

「わかった。息子の事は心配だが、人間が犯人となると、熊のように撃ち殺して終わりというわけにはいかないだろう。犯人を生きて捕まえて、息子の居場所を白状させなくては。でないと息子の場所が分からない」

 そして 彼らは下山することにした。



 しかし、道の途中、なにかの影が木々に紛れて疾走した。

 狩人は猟銃を構えた。

 タケダ氏は狩人に聞く。

「熊か?」

「あの動きは熊じゃない。鹿の類いでもない。二足歩行で走る生き物なんて、人間だけだ」

 再び影が走るのが見えた。

 明らかに攻撃するタイミングを見計らっている。

 狩人は緊張していた。

「くそ、まずい。この地形。向こうの方が有利だ。

 タケダさんよ、悪いが撃つぞ。このままだと こっちがやられる」

「待ってくれ、殺してしまっては息子の居場所が」

 影が急速に迫った。

 狩人は発砲した。

 ドンッ!

 重低音の太鼓のような音が山に鳴り響いた。

 影は距離を取った。

 狩人は戸惑う。

「外れた? いや、命中したはずだ」

 影が再び迫った。

 狩人は二回連続で発砲した。

 影が後ろへ大きく吹っ飛んだ。

「よし! 今度こそ命中した!」

 そして 狩人は影が死んだかどうかの確認に走った。

 ブライド レディは警告する。

「待って! 離れないで!」

 しかし その警告は間に合わなかった。

「うわぁあっ!」

 狩人の悲鳴が聞こえた。

 ブライド レディたちは急いで狩人のところへと行ったが、そこには猟銃が落ちているだけだった。

 タケダ氏は動揺する。

「どこへ? 彼はどこへ行った? それにさっきのヤツは? 弾が命中したんじゃないのか?」

 ブライド レディはその質問には答えず、鼻をクンクンさせて匂いを嗅いだ。

「地面からチョコレートの匂いがする」

「え?」

 タケダ氏は意味が理解できず、代わりにメイドが周囲の地面を見ると、そこにはマーブルチョコレートが落ちていた。

「お嬢さま、マーブルチョコレートが点々と落ちています」

「彼が付けていった目印ね。それを辿れば、敵のアジトにたどり着ける」



 そしてブライド レディが匂いを辿り、メイドがチョコレートを見つけ、タケダ氏は狩人が落としていった猟銃を手に、追跡した。

 辿り着いたのは、古い炭鉱跡。

 ブライド レディは言った。

「笑い男の仕業じゃないわ。これは元々この山に住み着いた人間の仕業」

 メイドが聞く。

「お嬢さま、事件の真相が分かったのですね」

「行方不明事件が発生するようになったのは、七十年以上前。昭和の戦争時。

 おそらく兵役逃れのために、この炭鉱跡に隠れ住むようになった」

 昭和の戦争時、一般人も徴兵されたが、それを逃れるために、街から逃げて隠れる人間が多かった。

 そして、戦争が終わった後も、しばらくの間、戦争終結を知らずに、隠れ続けていたという。

 タケダ氏は驚く。

「じゃあ、百歳を超えているんじゃないか」

「そうよ。そして何かの拍子に、能力に目覚めた。野生生物同然の生活をしていたことが原因か、それとも別の理由か。

 そして この炭鉱跡をアジトに、キャンプ客や登山客などを襲い始めた。

 主な目的は、食糧として」

「食糧って……人肉を食べてるというのか!?」

「その通り。他にも強奪した荷物を生活に利用しても居る。

 でも、七十年以上前から、一人で ずっとこの山に隠れていたから、時代の感覚が変わっていない。携帯などの文明利器も、使い方が分からずに、ただのガラクタとしか思っていないでしょうね。

 だから、現代の街がどういう状態なのか知らない。今も戦時中の感覚でいる。もしかすると、今も戦争が続いていると思っているのかもしれない」

「そんな人間が、本当に現代の日本にいるというのか」

 タケダ氏は信じられない思いだった。



 ブライド レディは能力者をこう表現した。

「さしずめ、山に潜み奪う者ルーキング イン ザ マウンテン ね」

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