7・引きつける

 三人は炭鉱跡に入った。

 ブライド レディが先頭に立って進み、メイドとタケダ氏が続く。

 目の見える二人が、暗闇では役に立たず、そして目の見えないブライド レディが暗闇では万能だった。

「こっちね」

 ブライド レディは匂いを辿り、そして大きな空洞に到着した。

 そこには無数の人骨が散らばっていた。

 タケダ氏はうめく。

「百人は居る。みんな本当に食べたのか。なんてことだ」

 その時 メイドが発見した。

「彼です。隣に若い人も」

 狩人と、タケダ氏の息子が、ロープで縛られていた。

 タケダ氏は息子に駆け寄る。

「おい、しっかりしろ。父さんが助けに来たぞ」

 メイドが二人の容体を診る。

「大丈夫です。二人とも息があります」



 息子が目を覚ました。

「と、父さん」

「ああ、良かった。無事で良かった」

「父さん。あいつが、友達があいつに殺されて……それであいつ、俺の友達を食べた……人間を食べたんだ……どこかに骨が……」

「ああ、分かっている。あとで探してやろう。とにかく、いったんここから脱出するんだ。立てるか?」

「なんとか」

 狩人はメイドの力を借りて立ち上がったが、左足に激痛が走った。

「くそ、左足の骨が折れてる。一人じゃ歩けない」

「大丈夫、私が背負います。私、ボディビルをやっていて、けっこう力持ちなんですよ」

「すまねぇ」

 ブラインド レディは白杖を刀に変形させた。

「おしゃべりはそこまで。ヤツが近くに居る。長居は無用よ」



 しばらく炭鉱跡を入り口へと進んでいたが、ブライド レディが足を止めた。

「ヤツの匂いがする。この場所は不利ね」

 ブライド レディはしばらく考えてから、タケダ氏に告げる。

「私が囮になる」

「囮って、大丈夫なのか? この炭鉱は暗闇だぞ」

「問題ないわ。私は元々見えないから」

 タケダ氏は彼女の言葉に、彼女が盲目であることを思いだした。

 そしてブライド レディは返事を待たずに、違う道へ走った。

「出てきなさい! 新鮮な肉があるわよ!」

 タケダ氏は、さすがに盲目の若い女性を囮にすることにためらいがあったが、メイドが保証する。

「お嬢さまは一人で大丈夫です。それより、今のうちに炭鉱跡から出ましょう。私はこの人を背負っているので、猟銃は貴方が頼りです」

「わ、分かった」

 狩人がタケダ氏にアドバイスする。

「いいか、引きつけてから撃て。おまえさんは銃を撃ったことがない。闇雲に撃っても外れるだけだ。ヤツが出てきたら、まずは落ち着いて、十分引きつけてから 連射するんだ」

「はい」



 タケダ氏たち 三人は炭鉱の入り口へと向かっていた。

 遠くから争う音がする。

 ブライド レディが戦っているのだろう。

「よし、あともう少し」

 見覚えのある場所まで来たときだった。

 遠くからブライド レディの声が響いた。

「そっちへ行った! 警戒して!」

 なにが起きたのかは分からないが、どうやらヤツが今度はこちらに向かってきているらしい。

「みんな、急いで」

 タケダ氏は足を速くした。

 すると、Gururururu…… と 奇怪なうなり声が聞こえた。

 ヤツが近くに居る。

 狩人が小声で指示する。

「みんな動くな。声を出さずにジッとしてろ」

 そして タケダ氏の肩に手を載せて落ち着かせる。

「いいか、落ち着け。引きつけるんだ。十分引きつけてから、残りの弾を全部撃ち込むんだ。いいな」

 タケダ氏は深呼吸する。

「はい」

 そうだ、落ち着け。

 暗闇は向こうも同じだ。

 十分引きつけ、全ての弾を撃ち込めば、倒すことが出来る。

 Gururururu……

 落ち着いて。

 息を潜めて。

 しっかりと構えて。

 映画で見た見よう見まねでも良い。

 狙いを定めるんだ。

 影が見えた。

 だが、まだ遠い。

 少しずつ 近づいてくる。

 ヤツは暗闇で自分たちが見えているわけじゃない。

 近づいてくる。

 少しずつ、少しずつ……

 GUOOO!!

 こちらに気付いた。

 だが焦るな。

 もっと引きつけてから。

 影が疾走する。

 速い。

 だが、あと もう少しだけ。

 引き金をいつでも引けるようにして、あと もう少し。

 GAAA!!

 今だ!!



 ドンッ!ドンッ!ドンッ!



 炭鉱跡に三発の銃声が鳴り響いた。

 ヤツが大きく後ろへ吹っ飛んだ。

「やった!」

 タケダ氏が声を上げると、しかし 狩人が制止した。

「待て、なんか おかしいぞ」

 倒れたヤツが、ムクリと起き上がった。

 そして銃弾を受け体に穴が空いていたが、それが 見る見るうちに治っていく。

 狩人が 呻き声を上げる。

「こいつ、本物の化け物か」

 メイドが叫んだ。

「走って!」

 三人は全力で走った。

 しかし ヤツの方が速かった。

 三人を追い越すと、進路に立ちふさがる。

 後戻りするしかない。

 さらに走ると、今度は行き止まりに突き当たった。

 逃げ場がない。

 狩人が叫ぶ。

「これが狙いだったか」



 Gorororuru……

 奇怪なうなる声を上げるヤツは、少しずつ足を進めて近づいてきた。

 そして攻撃態勢に入り、まさに 飛びかからんとした その時だった。

「そうはさせない」

 ブライド レディが間に合った。

 白杖をワイヤー状態にし、壁を利用して乱反射させると、一気に縮小させる。

 ヤツの体がワイヤーに絡まった。

 しかし 縮小はそれでも止まらない。

 縮小し続け、元の白杖に戻ったとき、ヤツの体は細切れになっていた。



 タケダ氏はブライド レディに聞く。

「し、死んだのか?」

「さすがに、この状態では生きていないでしょう」



 後のことは後日談のような物だった。

 五人は下山し、警察などに連絡。

 そして、口裏を合わせて 嘘を言った。

 あんな 化け物が存在するなど、まともな人間が信じるわけがない。

 警官などには、熊に襲われたとだけ。

 その 熊は逃げたが、友人は殺されたと。

 警察が猟友会に連絡し、熊の狩猟を依頼するとのこと。

 あの 炭鉱跡も発見され、そして無数の人骨も発見されることだろう。



 別れ際、タケダ氏は改めてブライド レディに感謝した。

「君のおかげで助かった。本当にありがとう」

「これからは、レジャーに出かけるときは、しっかり下調べをしてからにして」

「そうするよ」

 そして 狩人が彼女に質問した。

「いつも こんなことをしているのか?」

「ええ、そうよ」

「あんた、俺より凄い獲物を仕留めているんだな」

 最後にタケダ氏はブライド レディに言った。

「探している人が見つかると良いですね」



 今回は笑い男の仕業ではなかった。

 では、なぜ 笑い男はブライド レディにメッセージを送ったのか?

 その謎を解くためにも、彼女は引き続き笑い男を追う。

 そして 私もまた、彼女たちを取材するのだ。

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