5・目撃者

 今回、取材に応じてくれたのは、被害を受けた人の父親だった。

 便宜上 タケダとだけ表記しておこう。

 年齢は五十歳。

 中肉中背の、平凡な中堅サラリーマンと言った感じの人物だった。

 事の発端は、彼の息子が、友人と山にキャンプへ行き、そして連絡が途絶えたことだった。

「妻は病気で、あいつが子供の頃に亡くなりました。だから親子で支え合って生きていこうと約束し、連絡は欠かしていませんでした。

 しかし、ある日 突然 連絡が来なくなりました。こちらから電話をかけても、電源が切れていると。

 おかしいと思い、地元に行き警察に連絡しました。山岳救助隊にも。

 もしかすると、熊かなにかに襲われたのではないだろうかと。

 ですが、入山期間がまだ終わっていない。単なる電話の故障だと、私を相手にしませんでした」

 そこで彼は、猟友会のメンバーの一人に依頼し、自分で息子を探しに行くことにした。



 そこでブラインド レディと出会うことになる。



 ブライド レディは前回の事件で、親のすねかじり を倒した後、笑い男からのメッセージを解読した。

 メッセージカードに記されていた無数のアルファベットと数字は、暗号化された地名だった。

 そこはキャンプ場として有名な山だった。

 綺麗な小川があり、魚も釣れる。

 夏や秋などには、多くのキャンプ客が訪れる。

 しかし、昭和の戦争を前後して、行方不明事件が定期的に起きているのだった。

 初めのうちは登山客などが。

 やがて キャンプ場として有名になると、多くのキャンパーが行方不明になる。

 遺体は発見されていない。

 地元の人間は、熊が出没すると警告しているが、聞き入れていない状態のようだ。

 警察も、市町村から収益が減ると、黙認している。

 行方不明事件の真相は、七十年以上 掴めないままだった。

 だが、目撃者が一人だけ居た。

 四十年ほど前、キャンプに来た親子が犠牲になったが、しかし 子供は助かっている。

 今は 五十歳近くになっているが、まだ生きていた。

 ブライド レディは彼に話を聞きに行った。



 生存者はまだ五十歳より前だが、見た目は七十歳以上に見えた。

 彼は汚い安アパートの一室で、酒浸りの生活をしていた。

「今さら あの時の話を聞きに来る者がいるとは。なにが聞きたいんだ?」

「貴方の見た事を全て」

「あの山には山小屋があった。昭和のバブルの関係で作られた、観光目的の山小屋が至る所にあったんだ。

 父と母は、俺を喜ばせるために、自然の中に連れて行こうと、その山小屋の一つを借りて、一週間泊まると。

 俺は自然を楽しんだ。大きな木々。綺麗な川に魚。バーベキューは美味かった。

 だが、最後の晩、事件は起きた。

 俺は夜中にション便がしたくなってな。トイレに行ったんだ。

 用を済ませた後、俺はベッドに戻ろうとした。

 そして見た。いや、見なかったと言うべきか。

 鍵のかけてある山小屋のドアを、誰かが開けて入ってきた。

 ドアを壊して入ってきたんじゃない。鍵を開けたんだ。そんなこと 熊には不可能だ。

 俺は怖くて隠れていた。

 そして両親の悲鳴が聞こえ、ズルズルと音を立てて、二人をどこかへ連れ去っていった。

 俺は恐怖で朝まで震えながら隠れていた。

 夜明けになり、俺は足で下山し、警察に駆け込んだ。

 だが、警察は俺の話を信じてくれなかった。子供が恐怖で熊を見間違えただけだと。

 両親は熊に殺されたとして処理された。

 だが 断じて違う。アレは熊なんかじゃない。熊が鍵を開けるなんて出来るわけがない。二人を連れて行くなんて発想もしない。熊なら その場で食べていくだけだ。

 しかし 子供の言うことを信じる者はいなかった。

 俺は両親が死んだショックで頭がおかしくなったと思われた。

 後の人生は転落の一方だ。

 俺は生き残ったが、ただ死ななかっただけだ。両親を見殺しにして、まともな人生を送れるわけがない。

 今じゃ、このありさまだ」

「話をしてくれて、ありがとう。これは謝礼よ」

 分厚い封筒を渡して、ブライド レディはその場を去った。



 ブライド レディは、問題の山に到着する前に情報収集し、先日も行方不明が起きたことを知った。

 そして 父親であるタケダ氏が、自力で息子を見つけ出そうとしていることも。

 そこで、タケダ氏に会いに来た。

 地元の宿で、猟友会のメンバーである、初老の狩人と一緒に居るタケダ氏に、メイドが面会を申し込む。

 タケダ氏は盲目の美しい女性に一瞬 見取れてしまった。

 そして 息子が大変な状況なのに、何を呑気な気分に浸っているのだと我に返った。

「君は?」

 ブライド レディは自己紹介すると、単刀直入に申し込む。

「貴方の息子の捜索に、同行させてほしい」

 タケダ氏は困惑した。

「いったいなにを言い出すんだ? 君は目が見えないのだろう?」

 そして狩人が同意した。

「そうだ。盲目を山に連れて行くわけにはいかん。間違いなく遭難するぞ」

 ブラインド レディは請け負う。

「問題ないわ」

 さらにメイドも重ねて請け負う。

「大丈夫です。お嬢さまは目が見えませんが、しかし 何の問題もありません」

 タケダ氏は疑問を口にする。

「なぜ 無関係の人間が首を突っ込む?」

「私も探している人間がいる。手がかりが この山。そして 貴方たちの事件を知った。関係があるかもしれない。

 つまり 私の事件と、貴方の息子が行方不明になった事件が 関係していれば、息子さんを発見できる可能性が高くなる」

 その言葉に、父親は食いついた。

「君を同行させれば、息子が見つかる可能性が上がるんだな」

「そうよ」

 そして タケダ氏は狩人に眼を向けた。

 狩人は しばらくの沈黙の後、同意した。

「そこの付き人に面倒を見てもらえ。俺は助けん」

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