4・失敗作



 老夫婦がタクシーで二人を住宅街の一軒に案内した。

「ここが私たちの家です」

 家は意外と大きく、二階建てのちょっとした屋敷のようだった。

 二人は裕福な暮らしをしているようだ。

「わたしたちは二人で暮らしているんですよ。だから お客様を招くのがささやかな楽しみでして」

 二人に招かれ、家に入ると、二階からトレーナー姿の三十中頃の男が降りてきた。

「ああ、連れてきたんだ。じゃあ そこの二人、さっさと上がってよ」

 三十路の男は、死んだ魚のような眼で、レディとメイドにぞんざいに命令した。

 やる気も生気も感じられない男で、無精ひげが生えており、髪はボサボサ。

 体もメタボ気味だった。

 メイドは老夫婦に聞く。

「お二人だけで暮らしているんじゃなかったんですか?」

 老夫婦は答えなかった。

 答えたのは、三十路の男だった。

「なにしてんだよ。早く上がれよ」

 男はいらついていた。

 ひ弱な女が自分の言葉に素直に従わないことに。

 ブラインド レディが質問する。

「百五十件の行方不明事件の犯人は貴方たちね」

 それは断定だった。

 レディの質問に、三十路の男はキレた。

「なんだテメェ! 警察か! シャアァッッスオマァアアア!!」

 意味の分からない奇声を上げて、男は襲いかかってきた。

 爪が一瞬で三十センチも伸び、それは鋭利な刃物のようだった。

 十本の爪の刃が迫る。

 しかし、ブラインドレディは無言で杖を向けた。

 シュパンッ! という音がして、杖が数メートル伸び、三十路男の心臓を貫いた。



 男は自分に杖が刺さっていることが理解できないかのように呟いた。

「あ?……なんで?」

 そして 男は息絶えた。

 ブラインド レディは杖を心臓から抜く。

 老婦人がレディに聞いた。

「し、死んだんですか?」

 ブライド レディは冷淡に答えた。

「そうよ」

 老紳士が重ねて質問した。

「こ、殺したんですか?」

 ブライド レディはやはり冷淡に答えた。

「その通り」



 ブラインド レディは説明を始めた。

「今から 私の推測を話す。間違っていたら指摘して。

 この男は貴方たちの息子ね」

 老紳士は肯定する。

「そうです」

「そして引きこもりのニートだった」

「中学二年生からです。学校にも行かず、毎日 部屋にこもりきりで。出てくるのは食事やトイレ、風呂に入るときくらい。二十年近く家を出ていません」

「そして この爪を操る能力が突然 使えるようになった。でも、同時に異常な食欲を憶えるようになった。

 特に肉に関して。

 食肉を毎日 大量に要求するようになり、そして ついには人肉を食べたいと言い始めた。

 貴方たちは息子の要求に従い、人間の肉を与え始めた。主な標的は観光客。

 息子は始めは人間なら誰でも良かったみたいだけど、その内 若い女性が良いと言い始めた。

 だから 行方不明事件の初期は男性や年配の人も混じっていた。

 そして 貴方たちは十年間、息子に人肉を与え続けていた」

 老紳士は全て肯定した。

「その通りです。言うとおりにしないと、息子に殺されると思って、それで仕方なく……ううぅぅ……」

 老夫婦は泣き出した。

 しかし、その口元には笑みが浮かんでいた。

 老婦人は言った。

「息子を殺してくれてありがとうございます」



 メイドは老婦人が何を言ったのか、一瞬 理解できなかった。

 しかし老婦人は重ねて感謝した。

「貴女のおかげで、もう息子に怯える必要がなくなった。これで穏やかな老後が送れる。本当に息子を殺してくれてありがとう」

 さらに老紳士もブラインド レディに感謝した。

「貴女のおかげで私たちは安心です。もう人を殺す必要はない。こんな息子のために、人生を これ以上 潰されることのない 暮らしが出来る。本当に感謝しても仕切れません」

 そして老婦人は自分の息子の死をこう言った。

「失敗作が死んでくれて本当に良かった」



 パンッ。

 パンッ。

 甲高い その音は、ブラインド レディが老夫婦の頬を平手打ちした音だった。

 二人は何をされたのか理解できないように呆然としていた。

 そんな老夫婦にブラインド レディは奇妙に冷淡に吐き捨てた。

「最低な親ね」



 ブラインド レディとメイドは、バスでホテルへ向かっていた。

 メイドは まだ全てを理解しておらず、隣に座るレディに質問する。

「お嬢さま、最低な親とはどういう意味でしょうか?

 確かに自分の息子の死を喜んでいたときは、わたしも呆然としましたが、しかし それは、自分の子供に殺されるかもしれないと怯えていたからでしょう。

 それだけで、最低だと断じるのはいかがな者かと思いますが」

 ブラインド レディは説明する。

「人肉を食べさせる必要はなかったのよ」

「え? どういう意味ですか? あの男は、能力が覚醒した代償に、人肉を食べなくてはならなかったと言うことではないと?」

「それは半分正解。だけど、代替が可能だった。人肉の代わりに、市販されている大量の肉を食べさせれば良かっただけ。でも あの二人はそれが分かっていながら、人肉を食べさせていた。

 理由は、お金」

「お金?」

「そうよ。安い肉でも大量に買えば高くなる。それが あの二人の生活費を圧迫していた。豊かな老後のためのお金が足りなくて、自分たちが贅沢することが出来なくなったの。だから人間を連れてきて、あの男に殺させ、そして人肉を料理して食べさせていた。

 つまり食費を軽く済ませるために、人肉を息子に与えていたの。

 そもそも 息子が引きこもりになった原因も、中学二年の頃に成長期が始まり、心と体のバランスが崩れて問題行動を起こした際、あの二人が息子に言った言葉が原因」

「なんて言ったんですか」

「これ以上 問題を起こすな。無駄な金を使うことになる。私たちの老後資金がなくなるだろ、と」

 メイドは全てを理解し、今度こそ愕然とした。

「自分の子供にそんなことを言ったんですか。じゃあ、あの二人は、本当にお金をケチっていただけだったって言うんですか」

「その通りよ」

「そんなことのために 百五十人近くも殺したなんて」

「子供の死を願う親なんて、自分の事しか考えていない者よ。

 これも虐待の一種かしら」



 ホテルのスィートルームに戻ると、部屋の机にメッセージカードが置かれていた。

「お嬢さま、メッセージカードです」

「誰から?」

「名前は書いてありません。でも、これ……」

「どうしたの?」

「笑顔がデフォルメされたイラストが描かれています」

 笑い男からのメッセージだった。

「なんて書いてあるのかしら」

「よく分かりません。いくつかのアルファベットと数字だけです」

「館に戻り次第、解析しましょう」



 これが、今回 メイドから取材した、ブライド レディの事件だった。

 問題のある子供が増えているという記事が、昨今 増えているというが、しかし 昔から 「最近の若者は」 と いう言葉はあった。

 問題のある子供を、はたして本人が元からそう言う人間なのだと断ずることは、正解なのだろうか。

 そして、笑い男とは何者なのか?

 私は引き続き、ブラインド レディの事件を追っていく。

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