3・点字

 署長の深々とした お辞儀で送られたブラインド レディは、街で一つだけの高級ホテルのスイートルームを取った。

 部屋に入ると、さっそく 白杖を操作する。

 白杖は一メートル四方の面になり、その表面に点字が浮き上がった。

 指の感触で確かめて読む文字が記していたのは、行方不明事件の捜査資料だった。

 他に、街の地図や、施設の位置。

 そして 行方不明者が最後に目撃された場所なども。

 ブラインド レディは それらを全て指で読んでいた。



 メイドもノートパソコンで捜査資料を読んでいた。

「この十年で起きた行方不明事件は、百五十件近く。その内、観光客が行方不明になったのは、百三十件ほど。そのほとんどが若い女性。

 先日も、東京から観光に来た女性が行方不明になっていますね。目撃者によりますと、やはり都市伝説と同じ、老夫婦と一緒にいたと」

「同一事件で間違いないわ。この街に住む行方不明者も、同じ犯人の可能性が高い。

 事件発生 年月日を確認してみなさい。最初の頃は、この街の住人が行方不明になっている。その後で、観光客の行方不明が増えた。おそらく、同じ街の人間を狙い続ければ、疑いが自分たちに向けられることになると思ったから。

 だから狙いを観光客に絞った。

 被害者像も、最初の頃は年配や男性も混じっているけれど、最初の一年で若い女性に限られているわね。力の弱い女を狙ったという事かしら」

「間違いなく、殺害していますよね。でも、十年間 一人も遺体が発見されないのは、なぜでしょうか?」

「見当は付いているけれど、確かめるには犯人に直接 聞けば良いわ」

「犯人に聞くと言っても、被害者は女性観光客であること以外に共通項がありません。

 観光客が狙われる理由も、おそらく外部の人間の方が都合が良いからと言うだけでしょうし。

 お嬢さま、これだけでは犯人を特定できません。

 いくら小さな街と言っても、人口は五万人以上はいます。老夫婦という目撃情報だけでは、犯人は絞れません。

 いえ、そもそも 犯人は本当に夫婦なのかも断定できません。老夫婦に偽装した、年配の男女の可能性もあります」

「そうね。犯人の特定は出来ないわ。でも、犯人の方から私たちに接触させることは可能よ」

「犯人の方から接触させる? どうやってですか?」

「この二人の犯人は、どういった手口を使っているかしら?」

「それは、観光客に親切を装って近づいて、観光案内などをして、そして自宅に招いて、そのあとは、おそらく殺害しているのではないかと」

「そうよ。だから、犯人が標的を探している地域で、観光をすれば良いのよ」

 ブラインド レディは白杖を操作すると、地図の一カ所に大きなマークを表示させた。

「行方不明事件で、老夫婦がもっとも多く目撃されたのは、この地点。

 この周辺を散歩しましょう」

 メイドは警戒心が顔に表れる。

「この犯人は能力者ですか? もしそうなら、いったい どんな能力なのでしょうか?」

 ブラインド レディは、少しの沈黙の後、メイドに答えた。

「能力者は さしずめ、親のすねかじりパラサイト シングル と言ったところね」



 ブラインド レディとメイドは観光スポットから少し外れた路地を歩いていた。

 すぐ近くには、古い建物が並ぶ観光通りがあるが、しかし 二人は あえて そこから外れていた。

 もし 犯人が標的を探しているのなら、自分たちを狙いやすいように。

「もしかして、道に迷っているのですかな?」

 一人の老紳士が声をかけてきた。

 傍らには老婦人。

「よければ道案内しますよ」

 メイドは内心の動揺を顔に出さないよう努めながら答えた。

「はい、お願いします。少し近道しようと思っただけなのに、ここが どこなのか分からなくなってしまって」

 老紳士は答えた。

「良くあるんですよ。ここは古い町並みなので、道が入り組んでいて。観光客が近道しようとしたら、逆に遠回りになってしまうと言うことが」

 老婦人がさらに言う。

「良ければ観光案内をさせてほしいの。私たちはこの街が大好きで、外の人にもこの街の良さを知ってもらいたいの」

 これには ブラインド レディが答えた。

「ええ、お願いするわ」

 老婦人は怪訝に質問した。

「あら 貴女、眼が見えないのかしら?」

「そうよ。でも聞こえるから。こうして 外の音を聞くのが楽しみなの」

 老紳士が笑顔になる。

「なら、この街の神社で神楽をやっています。よければ そこへ案内しましょう」

「ぜひ お願い」



 こうして、ブラインド レディの思惑はいとも簡単に成功した。

 あるいは、レディが盲目であることを事前に察し、標的として たやすいと考えたのかも知れない。

 ともあれ、老夫婦は彼女たちに街の案内をしたのだった。

 老夫婦はブライド レディとメイドの関係を少し聞いてきた。

 いかにも お嬢さまといった淑女と、恭しく世話をする女性。

 やんごとなき お方なのかと思うのは当然だ。

 メイドが簡単に説明する。

「お嬢さまは、ちょっとした企業の会長をされておられます。ご両親が事故で亡くなられ、まだ二十歳で、会社を継がれたのです」

 老夫婦はブラインド レディを哀れんだ。

「まあ、ご両親を亡くされたのですか」

「それは 可哀想に」

「その若さで 会社を経営されるのも大変でしょう」

「それに 眼に問題を抱えているというのに」

「せめて この街の滞在が、良い思い出になるよう、私たちに親切をさせてください」

 老夫婦は本当に親切で優しく、虫も殺さないような善良な人間に思えた。

 正体を知っているメイドですら、この人たちが犯人だとは思えず、ただ 偶然、犯人像に 似ているだけの 人たちなのでは ないだろうかと 思ったほどだった。

 神社を観光し、美味しい お食事処でご馳走になり、数々の観光スポットを回った。

 このまま 何も起こらなければ、彼らは無関係の人たち。

 ただの 偶然と言うことになる。

 しかし 観光が済み、夕暮れになったとき、老夫婦の二人は言った。

「「よければ 家に来られませんか」」



 メイドは心臓が跳ね上がった。

 間違いない。

 この人たちが犯人だ。

 メイドは咄嗟に答えられず、ブラインド レディが先に答えた。

「まあ、そこまでしていただけるなんて。なんて親切なのかしら」

 メイドはこの時、ブラインド レディが笑みを浮かべているのではないかと思った。

 しかし、レディは笑っていなかった。

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