2・観光地

 今回、ブラインド レディの取材に応じてくれたのは、彼女の身の回りの世話している侍女だ。

 プライバシーの観点から、便宜上 メイド とだけ記しておこう。



 メイドはおとなしい性格で、メガネをかけた、髪を三つ編みにした、小柄な女性だ。

 しかし、趣味はボディビルで、その服の下はかなりの筋肉があるという。

 いくつかのボディビル コンテストで優勝した経験もあるとか。

 人は見かけによらないと言うことか。

 しかし 話し方は、予想通り どこか怯えているような、おとなしい話し方だった。



「わたしが お嬢さまと共に経験した事件は、わたしには理解しかねない者でした。あんな人間たちが居るなんて、今でも信じられません。

 でも、わたしの目の前に現実に存在していたのです」




 事件の前、ブラインド レディはモニタールームにて、安楽椅子に腰掛けながら、情報収集していた。

 しかし、彼女は眼が見えない。

 情報源は全て音だった。

 ラジオ、テレビ、インターネット。

 あらゆるな媒体から同時に流れる音を聞き取っていた。

 その数は十個以上。

 まるで聖徳太子こと 厩戸皇子のようだった。



 不意にレディは呼び鈴を鳴らした。

 十数秒後、メイドが現れた。

「お呼びでしょうか、お嬢さま」

「出かけるわ。準備をしてちょうだい」

「かしこまりました」



 と ある地方の観光街にて。

 一人の若い観光女性が道に迷っていた。

 この街は古都として、ちょっと有名だったが、それ故に道が複雑で迷いやすかった。

 途方に暮れていると、一組の老夫婦が声をかけてきた。

 老紳士が尋ねた。

「道に迷われているんですか?」

「ええ、そうなんです。スマフォの地図アプリも使っているのだけど、複雑すぎて」

 観光女性が答えると老婦人が同意した。

「この辺りは本当に道が複雑で。良ければ道案内しますよ」

「本当ですか。お願いします」

 こうして、若い観光女性は老夫婦に道案内をお願いした。

 そうして ようやく大通りに出ることが出来た彼女は、老夫婦にお礼を言った。

「本当にありがとうございます。もう二度と出ることが出来ないかと思ったわ」

 老紳士は言った

「どういたしまして。良ければ、私たちに観光案内をさせてはもらえないだろうか。

 わしらはこの街を誇りにしていてね。外の方にこの街の良さを知ってもらいたいんだ」

 老婦人は言った。

「どうかしら。わたしたちに観光案内させてもらえないかしら」

 観光女性は喜んだ。

「ええ、ぜひお願いするわ」

 こうして観光女性は数々の観光スポットを巡った。

 さらには美味しいお食事処で奢らせてほしいとまで言い、観光女性は好意に甘えた。

 老夫婦の案内はとても親切で、旅先でこんな素晴らしい人に出会えたことに、感謝した。

 そして日も落ちた頃、老紳士は言った。

「ところで、今日 泊まるところは決まっているのかな?」

 老婦人は言った。

「良ければ 私たちの家に泊まっていかないかしら」

 そこまで 良くしてくれてなんて親切なんだろうと思った。

 その親切を断るのも悪いと思い、そして その日の宿泊費を節約したいという気持ちも混じって、その好意を受けることにした。

 観光女性は嬉しそうな笑顔で答えた。

「もちろん、泊まらせていただくわ。あなたたちはなんて親切なのかしら」

 こうして観光女性は老夫婦の家に向かった。



 それ以降、観光女性の姿を見た者は誰もいなかった。



 高速道路にて、リムジンを運転するメイドは、ブラインド レディから その説明を受けて質問する。

「今から向かう街に、そんな都市伝説があるのですか?」

「そうよ」

「それが 笑い男に関係があると? でも、それは ただの都市伝説なのでは?」

「ここ 十年間の失踪記録を調べたわ。あの街では、十年間に 百三十人以上の観光客の行方不明事件が起きてるの」

「それは……ちょっと多いですね」

「東京や京都のような大都市なら、特別 問題視する必要はかもしれないけれど、その街は 観光地と言っても、それほど大きくはない。この行方不明者の数は明らかに異常。

 それに 行方不明になるのが、ほとんど観光客に限定されているのも、目的意識が合ってのことだと思われる」

「だから 笑い男による能力者の仕業だと?」

「それは まだ分からない」

 そして ブラインド レディは沈黙した。

 疾走するリムジンの起こした風で、道路に落ちていた木の葉が舞った。



 街に入ったブラインド レディは、始めに その街の警察署に向かった。

 受付の警官が、なにかの被害届を出しに来たのかと思って対応したが、彼女は署長と話したしたいと答えた。

 警官は なにかの苦情かと思い、しかし 市民の申し出は基本 受けなければならないので、ブライド レディの名前を署長に伝えると、署長は大慌てで登場した。

「こ、これは これは。事前に連絡していただければ、対応の準備をしましたものを」

 署長が卑屈なまでに低姿勢で、本当に揉み手をしながら対応しているさまに、受付の警官はポカンとしていた。

 ブラインド レディは端的に用件を伝える。

「歓迎は必要ないわ。それより、この街の行方不明者の記録を閲覧させてほしいのだけれど」

「も、もちろんでございます」

 すぐさま署長は、警官に命令する。

「君! 資料室へ案内しなさい! この方の指示には全て従うように」

 命令を受けた警官は、意味が分からなかったが、署長に逆らうわけにはいかず、ブラインド レディを捜査資料室に案内した。



 資料室に到着したブラインド レディとメイド。

「ありがとう」

 レディは警官に一言礼を言うと、パソコンの前に座った。

 そして メイドは、警官に深々とお辞儀をする。

「案内していただき、ありがとうございます。それで、できれば お嬢さま お一人にしていただきたいのですが」

 警官は、明らかに目の見えないレディが、どうやってパソコンを使うのか興味があったが、しかし署長からこの女性たちの言うことに従えと命令されている。

 警官はハッキリ言ってしまえば、上下関係が全てのお役所。

 証拠をコピーされるだろうとは思ったが、気にせずに警官は資料室から去った。

 なにか あれば 署長に責任を押しつければ良いと思いながら。

 ちなみに その署長も、なにか問題が起これば、この警官に責任を押しつけるつもりでいた。

 結局、みんな自分の事しか考えていなかった。

 警官もお役所も、みんな そんな者だった。



 ブラインド レディは白杖の形態を変化させると、USBポートに差し込んだ。

 なぜ 目の見えないはずの彼女に、差し込み口が分かったのか?

 確かに最後は指で確認したが、しかし その動きはスムーズで、まるで本当は見えているのではないのだろうかと、疑ってしまうほど なめらかな物だった。

 しかし彼女が盲目であることは確かなのだ。

 ブライド レディは行方不明事件のファイルを全てコピーすると、椅子から立ち上がる。

「終わったわ。ホテルに向かいましょう」

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