地下水路のボス戦(1)

 薄暗い闇の中、大きく鋭い眼が四つ光ります。


「なッ……!?」


「な、何じゃこりゃ〜……」


 その姿を近くで見たとき、スノウとレインはビタンとその場に尻もちをついてしまいました。


 まぁ予想はしてましたけど、二人ともいい驚きっぷりですね。スノウなんて魚みたいに口をパクパクさせて、間抜け面もいいところ。


 私は二人の反応を十分楽しんだところで、視線を例の「魔物」に移します。


 ───巨大な蛇なような体に、薄くて硬い魚の鱗。こちらを見下ろすその顔には立派な角が二本、天を指しています。


「ヴオォォォォォォォォォォォォォ」


 大きな鳴き声で威嚇を始めます。声を上げたのは雄の方で、雌は後ろで静かに私たちを見つめています。


「この二匹こそが、ガルーダの地下水路に潜むボスモンスター『リヴァイオス』と『リヴァイア』です」


「え、えぇぇぇぇ……」


「ど、ドラゴンじゃねーかおい」


「あれ、水龍を見るのは初めてですか?」


「初めてもなにも、一生に一度出会えるか出会えないかってレベルの魔物じゃねぇか、ドラゴンってのはよ」


 なるほど。やはり世間一般的にはそんなもんなんですね、ドラゴンって。私の場合、以前国に仕えていた頃たまに討伐の命令が下っていたものですから、今更どうしたって感じなんですけど。


 とはいえ、スノウとレインにとってはおそらく最大にして最強の敵に違いありません。それに私自身も、昨晩の「ガイド」による解析で魔力の大半を食い潰されている状態なので、どう転ぶかはわかりません。


 何より私自身、まだ水龍との戦闘経験がありません。能力未知数の巨大モンスターが二匹、……面白いじゃないですか。


「スノウ、レイン。この二匹を倒せたのなら、お二方は紛れもなくガルーダの英雄です。『ドラゴンスレイヤー』の異名は欲しいがままですよ」


「命あっての富と名声だろうが!」


「いやいや、著名な音楽家や芸術家の多くは死後に評価されると、よく言うではありませんか」


「華々しく散れってか!?」


 滅相もない。道連れを死なせてしまうほど、私は非力ではありませんので。


「ただのジョークですよ。さ、剣を構えてください。私も魔法の準備をします」


 私は何もないところから箒を取り出し、唱えます。


「───顕現せよ、我が不可視の剣」


 箒は瞬く間に魔法の杖へと早変わり。


 続けて、私は呪文を唱えます。


「黒鉄を結ぶ我が鎖よ、獣を縛りて成すべきを成せ───『リボン』」


 水龍二匹の足元に幾つかの魔法陣が発現したかと思うと、その中から鉄製の鎖が飛び出します。それらは水龍の背や尾ひれに絡み付き、巨大な魔物をいともたやすく拘束してしまいました。


「こ、この魔法って」


 えぇ、レインのお察しの通り、窃盗犯くんに使ったものと同じ「鎖の魔法」です。ただ、彼に使ったものとは違い少しグレードを上げています。こそ泥を締め上げるのとはわけが違いますからね。


 ……といちいち説明するのにも時間が惜しいので、とりあえず私は微笑みます。


「さ、私が奴の動きを封じているうちに早く攻撃してください。この魔法も、そう長くは持ちません」


「お前ほどの魔女の力を持ってしても、完全には無力化できないってのか」


「いえ。単純に魔力不足です。昨夜大掛かりな魔法を使ったばかりですので」


「なんでもっと回復薬買っとかなかったんだよ! って言いたいとこだけど、確か魔力ってアイテムじゃ回復できないんだったよな。これだから魔法ってのは勝手が悪くて好きになれない」


 スノウの言う通り、体力とは違い魔力は基本的にアイテムを使って回復することはできません。一応、魔力を回復させたり一時的に増量させたりすることのできるアイテムは存在するのですが、そのどれもが希少品なのです。それはもう、高給取りであったかつての私ですら、中々手が出せないほどに。


「魔法のことは嫌いになっても、魔女である私のことは嫌いにならないでください」


「……普通、そういうのって逆じゃねーか?」


「いいんです。それより、早く攻めないと私の魔法、破られちゃいますよ」


「チッ、仕方ねーか」


 もはや私の茶目っ気にツッコミを入れられないほど緊迫した状況ということらしいです。狩人の目になったスノウは小さく言うと、腰からストレートに延びた剣を抜き、地を蹴って走り出します。


「す、スノウ! 私も援護します!!」


 小さくなっていくスノウの背にそう叫ぶのは、私と同様杖を構えたレインです。そういえば、なにげに私レインの魔法を見るのは初めてかもしれませんね。というか初めてです。


 最初に出会った時の戦闘では、確かレインは魔力を切らして動けなくなっていたはず。つまりこの戦いでは私とレインのポジションが真逆ということですか。これは胸熱な展開ですね。


「私も魔法使いの端くれなんだ。ベルンさんほどのものは使えないけど、それでもっ───」


 レインの足元に、大きな魔法陣が一枚現れます。


「轟く雷鳴よ、ここに! ───『サンダー』ッ!!」


 杖から火花が散り、水龍に向かって一本の光が疾走しました。


 やがて雷は今田走り続けるスノウの横に並び、二人は並走します。


「食らいやがれ、爬虫類ッ!!」


 スノウが剣を振りかざしました。そしてレインの魔法もまた、水龍の腹に直撃する寸前。


 ───パァンッ!


 雷と剣の物理攻撃による炸裂音が水路の中で響きます。


 それは正しく、最高に冒険者らしい瞬間でした。

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