魔女の善行
「どうか落ち着いてくださいな。私は通りすがりの魔女です。ちゃんと人間ですので、安心して大丈夫ですよ」
「……魔女だと?」「人間、なんですね」と、二人は訝しげな表情のまま戦闘態勢を崩します。剣の先と杖の向く方向が私を指していないことを確認し、私は笑顔で(といっても仮面越しなので意味はありません)訊きました。
「随分と斬新なボディーペイントですね?」
「ん? ペイントが何だって……って、なんじゃこりゃ!? まるで鮮血をかぶったみたいじゃないか!!」
「し、染みになっちゃいます……」
「それ、正真正銘の血液ですし既に染みになってますよ」
なんともまぁ、キャラクターのはっきりした人たちです。私は魔法を使い、血塗られた汚れを綺麗にしてあげます。
二人の身体が薄く光ったかと思うと、赤黒い染みがみるみるうちに漂白されていき、あっという間に新品同様の装備と衣服が完成しました。さすが私、そんじょそこらの洗濯屋とは比べ物にならないほど素晴らしい仕上がりです。彼らを赤染めしてしまったのもこの私という事実は、ここだけの秘密にしておきましょう。
「すごいなおい、魔法ってのはこんな器用なこともできるのか」
「ふふん、朝飯前です」
「洗剤の香りがします……」
「ふふふん、サービスです」
なんて得意げに、私はウインクしてみせます。といっても(以下略)。
しっかりと恩を売ることもできたので、早速本題に入ることにいたしましょう。
「……さて、見たところお二方は冒険者のようですが、この平野の先にある『冒険者の国』という地を知りませんか?」
「知ってるも何も……」
「わ、私たちはその『冒険者の国』に住む冒険者です」
なんと。それは話が早くて助かりますね。
「では、国までの道案内とガイドをお願いしてもよろしいですか? あぁ、もちろん謝礼はさせていただきますよ。それも先払いで」
「………………お前、まさか」
「はい、汚れた衣服を綺麗にしたのも、さっきの巨大な魔物を倒したのも、この私ですが?」
「さ、先払いってそういう……」
「もちろん、そういうことです!」
悪質な押し売りにでもあったかのような顔で、二人はため息をついて頭を掻きます。そして、一度チラッと私の顔を見たかと思うと、
「仕方ねぇ、大人しくついてくるこった」
と諦めた様子で剣士の方が私を手招きします。やったぜ、見事計画通り。
「お世話になりまーす」
「まったくだ!」
ブスッとした顔で、私の茶目っ気は一刀両断されてしまいました。少しはのってくれてもいいのに、冷たい人です。
「あ、そうだ。お世話されるにあたりまして、お二人の名前を教えてほしいんですけど」
「俺の名前はスノウ。で、そっちのちっこいのが」
「あ、れ、レインです!」
鉄の鎧で身を固めた剣士スノウと、小さき魔法使いレイン。これは中々、楽しい旅路になる予感です。
「よろしくお願いします、スノウ、レイン。改めまして、私は仮面の魔女ベルン。そしてこの子は道連れのミカです」
ミャアという鳴き声と共に、三角帽子の影からひょっこりとミカが顔を出します。
「あっそ。んじゃ、とっととついてこい。国に戻るなら日が落ちる前がいい」
「暗くなると、色々と危険が多いので……」
そこは計画的なようで安心しました。私は二人の後を追うように、箒から降りて歩き始めます。
「冒険者の国」、辿り着くのが待ち遠しいです!
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