本章【旅路編】

仮面の魔女ベルン

 暖かな陽気の下を、私こと仮面の魔女ベルンは箒に跨り飛んでいました。


 大きな三角帽子に、夜色のローブ。あと、相棒である黒猫のミカ一匹を身に着け、その風貌は誰がどう見ても一般的な、普通の魔女です。


 しかし、私には普通でない要素が主に二つ存在します。


 まず一つ目、私の名前をよーく見返してみてください。───そう、私は「仮面の魔女」ベルンなのです。当然その麗しい顔の上には、看板に偽りなしといった感じに面が一枚、剥がれてしまわないようピッタリと貼り付けられています。


 魔物を象ったデザインのその仮面は、言わば私の代名詞であり本物の魔物ですらも恐れ慄いてしまうほどの代物です。……個人的には可愛いと思っている分、なんだかなぁと腑に落ちないんですけどね。


 さて話を本筋に戻しまして、残るもう一つの要素とは。これは文字に起こして説明するより、実際に見てもらった方が早いかもしれません。


 お誂え向きにも、私の飛行する空の下では丁度、冒険者と巨大な魔物が闘っているではありませんか。


「レイン、そっちに行ったぞ! デカい一撃に備えとけッ!!」


「え!? ち、ちょっと待ってよ! 私、もう魔力が───」


「なんでもっと回復薬買っとかなかったんだよ! ───おい、来るぞ!」


「ひ、ひえぇ〜……」


 見たところあの巨大な熊の魔物を相手にするのは、若い剣士とそれよりさらに幼い魔法使いのようですね。それにどうやら、かなり追い込まれてしまっている様子。回復薬云々で揉めているようなので、敵の耐久値を見誤ってしまったのでしょう。経験者ほど陥りやすいうっかりミスだと、よく聞きます。


 ……やれやれですね。


 目の前でミンチにされてしまっては、今夜の夢見が悪くなってしまうことでしょう。自己紹介の続きも兼ねて、私は助太刀に入ってあげようと思います。


「彼の者に黄金の雷槌を───『サンダー』!」


 私は宙に魔法陣を展開させ、そこから雷の魔法を放ちます。


「───グォォォォォォォォォッ!?」


 魔法は見事地上の魔物に命中し、その身を真っ二つに引き裂きました。ふむ、手加減したつもりが、少々やりすぎてしまったようですね。魔物の身体が弾け飛ぶ際に吹き出た鮮血が、冒険者二人に思い切りかかってしまいました。


「……な、何が起きたんだ一体」


「討伐難易度 S+の『ベアマキナ』が、こんなに呆気なくやられるなんて……」


 どうやら二人とも、魔物の鮮血を浴びたことにすら気がついていないらしいです。目の前で起こった出来事に理解が追いついていないことを、そのアホ面が物語っているようです。


 私は箒の軌道を変え、地上に降下します。


「そこのお二人さん、大丈夫ですか?」


 私は二人に声をかけました。理由としては、もちろん感謝されるためです。魔女とて人間、ちやほやされるのは大好きですから。


 そしてもう一つ、直近の国の情報について聞き出すためです。言い忘れていましたが、私は普通の魔女でなく、世界を旅する魔女なのです。


 ───さて。勘のいいそこのあなたなら、きっともうお気付きでしょう。仮面の魔女たる私の、普通とは違う要素の二つ目。


 それ即ち、「強靭かつ強大な魔物を一撃で屠れるほどのぶっ壊れ性能な旅する魔女」であるという点です! 言っちゃなんですが、世に知られる魔女のほとんどは薄暗い森の奥に身を隠し、魔法やアイテムの研究ばかりしている陰キャラなのです。力のある魔女ほど表に出ないのは世の常識で、つまるところ私は異端児というやつですね。


 ……まぁ、引き籠もってばかりの魔女たちの気持ちも分からなくはありません。魔女狩りだとか異端審問官だとか、怖いんですよ? 私にかかれば遊び相手にすらなりませんけど。


 ───なんて自分語りも程々に、私は改めて目の前で呆ける二人に声をかけます。おーい、聞いてますかお二人さん?


「……はっ!? す、すまない! 意識が飛んでしまっていたようだ───って、何だ貴様!? 新手の魔物かッ!?」


「そ、その顔! 間違いなく魔物か悪魔のどちらかですッ」


 顔を青くして、私のことを指差す冒険者二人組。一方は剣を構え、もう一方は怯えた様子で杖を掲げます。あー、やっぱりこの仮面怖いですよね。諸事情で外せないんですけど、中々どうして困ったものです。


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