戦いの果てに(2)

「魔女よ。最後に一つ、尋ねてもよいか?」


「……許しましょう」


「貴様は一体、何者なんだ」


 その質問に、私が答えないという道理はありません。


 私は自分の思う、自分の在り方を明かしました。


「『仮面の魔女ベルン』、それが私です」


「………………『ベルン』だと? その名、どこかで───」


「冥土への土産に、それ以上は不要です」


 そう言うと、私はすぐさまファフニールに魔法をかけます。


 淡い緑の光のそれは「眠りの魔法」で、発動後彼はゆっくりと瞼を下ろし、やがてピクリとも動かなくなってしまいました。


「さようなら、ファフニール。また、どこかで」


 どうか私の飛行の果てに、天国で再び会えることを楽しみにしています。


 その時はもっとゆっくり、お話しましょう。




 ファフニールと別れ、私はミカの隠れる岩場のそばまで歩きました。


「ミカ」


 私はミカの名を呼びます。あえて接触せずに名前を呼ぶだけに留めたのは、自分のためでもあります。


 今ミカの顔なんて見てしまったら、おそらく私は泣いてしまいます。だから私は岩を挟み、背中を合わせるようにしてその場に腰をおろしました。


 地面のひんやりとした感覚が、早速お尻に伝わってきます。


「許してください、ミカ。私、あなたのことを取り戻せませんでした。───いえ、最初からわかっていて、それでいて嘘をついてしまいました」


 言葉にする度、私は自責の念に駆られます。


 私はなんて、無力なんだと。


「だいじょうぶ。ちゃんとわかってたから」


 耳に入ってくるミカの声は、随分と久しぶりに聞いた声のような気がします。


 ミカは私とファフニールが戦っている間に落ち着きを取り戻せたようで、この数分の間で随分と大人びてしまったように感じました。


 そしてそれと反比例するかのように、私は随分と子供っぽくなってしまったなと、そう自嘲気味に笑います。


 ……しかし、「許してください」なんて、私も随分と落ちぶれたものですね。謝罪ではなく、言い訳めいたことしか言えないこの舌を、今すぐにでも噛み千切ってやりたい気分です。


 でも、私にはこれ以外の言葉が見つかりませんでした。


「ベルン、私の方こそごめんなさい。ベルンの魔法を邪魔してたの、たぶん私だった。いつまで経ってもこの洞窟から抜けられなかったのも、多分私のせい。……知らない間にいっぱい迷惑、かけちゃった」


 それは「霊障」の一種だろうと、ミカの言葉から私は推察します。魔法という力の動きも、霊のみの身体になってしまったミカという存在も、共に「目に視えない力の働き」であることに違いはありません。互いが干渉し邪魔し合ってしまう現象を、世は「霊障」と呼ぶのです。


 この洞窟に囚われる亡霊となってしまったミカは、その性質からか、意図せず私をこの場所へ留めようと働いてしまったのでしょう。

 

 ここに来てようやく謎が解けましたね。私の腕が落ちてしまったのではないかと不安に思っていたくらいなので、逆に安心しましたよ。


「迷惑だなんて、とんでもない。私はあなたと過ごせたこと、とても幸福に感じています」


「……私も、私も楽しかったよ、ベルン。だから、もっと一緒にいたかった」


 もっと、生きていたかった。


 ミカの瞳から、一筋の涙が流れ落ちます。顔は見えなくても、私にはわかります。


 彼女の霊が漏らす声が、聞こえてしまうのですから。

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