戦いの果てに(1)

 焦土と化した広間には、二つの生物が佇んでいます。


 一つは、腹に大きな穴を開けぐったりと横たわっている黒のドラゴン。


 そしてもう一つは、光り輝く銀の槍を肩に担いで、前述のドラゴンを静かに見つめる仮面を付けた魔女。


 ───そう、私です。


「……まさか、我が祖先を屠ったと語られる白銀の聖槍『ロンギヌス』を持ち出されるとはな」


「私の手にかかれば神話の武器を複製する程度のこと、余裕のよっちゃんですよ」


「『余裕』、か」


 はい、余裕です。───ですが少しだけ焦りました。あなたが私の想定していたほどより数段、しぶとかったので。


「我は、敗れたのか」


「どうやら勝利の女神様は少しだけ、あなたのことが気に入らなかったようです」


「なら、我は天国へは行けぬな」


 ファフニールはどこか寂しそうにそう呟くと、ゆっくりと顔を上げ天井から挿す光に目を細めます。" 向こう側 " からの使いを待つように。


 その様はさながら一枚の壁画を思わせる、儚くも美しい景色でした。




 数分前、私はファフニールとの戦いに勝利しました。


 私は魔法で作製した白銀の聖槍『ロンギヌス』を彼の腹に向け投擲し、その軌道は曲がることなく標的を穿ちその役割を全うしたのです。


 『ロンギヌス』という名の槍は、とある神話の中で英雄が厄災の龍を仕留める際に用いられたとされるもの。私はファフニールと戦うことになったその時から、最後の一手はこの槍に任せようと決めていました。


 槍の複製についてですが、「運が良かった」の一言に尽きます。たまたま私がその存在について知識があったというだけで、もし仮に私がロンギヌスの存在を知らなかったとしたら、もし仮に私がロンギヌスの複製に成功していなかったら、結末はどうなっていたかわかりません。


 もしかすると私はあの時、ファフニールの手によって押し潰されていたかもしれませんし、「我は伝説の『ロンギヌス』の槍でしか殺せんぞ」なんて絶望的結末に膝をついていたのかもしれません。


 ……まぁ私のことですから、どうにかして突破口を開いていたとは思いますが、───というか " 私が負ける " という状況なんて、正直言って想像し難いことなのですが。


 それでもやはり、分岐した別の未来のことなんて誰にもわかりません。何が起こっても不思議ではないこの世界だからこそ、私は旅を楽しむのですから。


 だからこれは、本当にたまたま、女神様が私のことを少しだけ好いてくれたというだけのこと。


 私は崩れ落ちるファフニールの姿を眺めながら、そんなことを考えていました。


 ───そして、現在。


 私はまた、ファフニールを見ています。


「……魔女よ。最後に一つ、尋ねてもよいか?」


「最後なんて、言わないでください。私はあなたにミカを返していただかなくてはなりませんし、砂まみれ穴だらけになったローブと帽子も、弁償してもらわないといけません」


「……それは、できそうにないな……」


 ファフニールは実に穏やかな顔で、そう言います。「困ります」とだけ、私は返しました。


「なら、我の角を持ち帰るといい。魔具を扱う店ならば、それなりに高く買い取ってくれるだろう。そいつを売って得た金で、新しい物を買うことだ」


「ミカは、私の友達は、お金では買えません」


 正直、だめになってしまった衣服のことなんてどうでもいいんですよ。どうせ、魔法ですぐに直せてしまうのですから。


 私はそんなことよりも、ファフニールの一部となったミカを返してほしいという気持ちでいっぱいなのです。こればっかりはお金じゃ解決できませんし、魔法が通用する問題でもありません。


 どうにかできるのは、身体の主であるファフニールだけなんです。


 ───そう、私は思いたかった。


「魔女よ、貴様もすでにわかっているのだろう? " 死んだ人間は、元に戻らない " と」


「───ッ」


 わかっていました。


 えぇ、彼の言う通りわかっていましたよ。逆に私がわかっていないとでも思ったのですか? そんな、当たり前のルールを。


「ミカという女は、もう死んでいる」


 私は唇を噛み、握りこぶしを作ります。が、すぐにその力は緩められ、右手からはロンギヌスがするりと、音を立てて抜け落ちました。


 ガシャン!


 と、落下した聖槍は一瞬宙へ浮き、まるで硝子細工のように呆気なく砕けてしまいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る