迷子とドラゴン(5)

 熱光線に灼かれるファフニールの身体は、すでにいたるところから炎を上げてボロボロです。


 それでも、私は攻撃の魔法を緩めません。


「私はミカを取り戻したい。そしてこれは、私のエゴです。……だから、情けはかけません」


 綺麗事なんかじゃ、叶えたい望みは掴めないから。私はファンタジアの国を出たその瞬間から決めています。


 徹底的に、自己中に生きてやると。


「舐めるなァァァァァァァァァァ!!」


 巨大な炎の塊となってしまったファフニールが、私の魔法攻撃を受けながらもこちらに向かって突進してきます。


 これは少し、あのドラゴンを甘く見てたかもしれません。まさかあれだけのダメージを負いながらもまだ動けてしまうなんて、そのしぶとさだけは、これから旅をする上で是非見習っていきたいところですね。


 私の場合、彼のように追い詰められることもそうそうないとは思いますが。


 ───なんて言ってると、大きな尻尾が鞭のように、私の眼前まで迫って来ているではありませんか!


 どうやらファフニールは私を焼肉にすることを諦め、直接ミンチ肉にする方針にチェンジしたようです。自分がすでに焼肉状態だというのに、身の程を弁えないドラゴンですねまったく。


「よっ……と」


 私はタイミングを見計らい、迫る尻尾に手を着けて、そのまま片腕のみで前転するような姿勢に入り見事テイルアタックを受け流してみせました。


 ぐるん、と視界が三百六十度回転し、無事着地も成功させます。私ってこう見えて、案外運動神経あるんですね。と自分でもびっくり。ファフニールも面食らったようにこちらを凝視しています。


「……これで、終わりなんですか?」


「───ッ!」


 ファフニールは大きく羽ばたきます。その大翼の動きによって生じた風は彼の身体に張り付いた炎を散らし、赤い表皮は一瞬にしてもとの漆黒を取り戻しました。


 飛び散った火の粉で、私のローブはまた焼けてしまいました。もう何も言いませんよ? えぇ。


「『終わり』……だと? 自惚れるなよ道化師が。特異な魔法とその身体能力は確かに稀有なものかもしれない。───だがな、それだけが勝利への条件ではないぞ」


「なら、一体何を献上すれば、勝利の女神は微笑んでくれるのでしょうね」


 言葉を交わした後、私たちは暫くの間睨み合います。


 紅の瞳に映る私の顔が鋭く尖ったとき、瞳の主のもまた鋭利に変わりました。


「───それは『殺気』だ」


 速い。


 この瞬間ばかりは私も少し驚きました。まさか彼がこんなにも速く動けるとは。


 腐っても霊獣級の魔物……ということなのでしょう。呑気に解説している暇もなく、今私はドラゴンの前足に押し潰される寸前に立たされています。


 誰がどう見ても絶体絶命なこの状況。


 目の前の明確な殺意。


 私の心臓は高鳴り、破裂してしまいそうでした。


「やっと、『戦い』になりましたね。ファフニール」


 しかし私は笑います。


 絶望的なこの状況すらも、私はどこかで楽しんでしまっています。それを私は変だとは思いません。


 何故ならファフニールの方も笑っているからです。


 ……お互いに、なんてひどい笑顔なんでしょう。


 これが「冒険」、これが「戦い」、この心臓の高鳴りこそが、私の求めていた「楽しい」なのでしょうか?


 それは多分、含まれます。


 様々な「楽しい」の一つが、この生物としての闘争なんだと、また一つ私は得ることができました。


 だから、この「楽しい」はこれでおしまいにしないといけません。


 私はミカを取り戻さないといけないので、目の前にある「楽しい」に別れを告げます。



「───顕現せよ、闇を絶つ神代の聖槍」



 刹那の詠唱が、私の手に光を呼び起こします。


 この戦い、私の勝ちとなりました。

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