迷子とドラゴン(4)

 まず私を襲ったのは、とてつもない勢いの黒い炎。どうやらこの黒炎の息吹はファフニールの十八番らしく、そんじょそこらのドラゴンが放つ炎とは比べ物になりません。


 ですが、私は決して屈しません。炎に迫られる中、魔法を放つための準備を始めます。


「ヴェラノギア・ハイウェラエドゥジャド……」


 私の紡ぐ詠唱と共に、杖の先端に赤い魔法陣が形成されていきます。


 やがて魔法陣の外縁から炎が上がり、弾けました。


「───『ファイア』ッ!」


 勢いよく噴出される蓮色の炎は、ファフニールの放った黒炎とぶつかり、丁度相殺されてしまいます。


 腹の底を通ずる重低音の爆発が、辺り一帯を揺らしました。


「なんだ、今の魔法は!?」


「この程度でいちいち驚かれていてはきりがありません。ただの炎魔法ですよ」


「いや違う。異様な前詠唱といい、その蓮色の炎といい、貴様一体何をした?」


 私はハァと溜め息をつくと、構えていた杖を少しだけ下ろします。


「『古式魔法』ですよ。対霊獣仕様の、とっておきです」


 「なッ……!?」と、ファフニールは私の言葉に息を飲みます。


 まさかこんな小娘が、自分の炎と互角以上の火力を持つ黒魔法を使ってしまったということに驚いているのか。はたまた、「古式魔法」なんてカビ臭い兵器を操れる人間がいたということに驚いているのか。


 なにはともあれ、ファフニールは私の魔法に相当驚いている様子です。なに、世の魔法を極め尽くしたこの仮面の魔女にかかれば、絶滅した古代の魔法を再現するなど造作もありません。


 私はファフニールのリアクションなどお構いなしに続けます。


「星屑の還る彼方よ、ここに───『オービタル』」


 私は杖を一振りすると、頭上に無数の魔法陣を展開します。


 展開したそれらは、まるで夜に咲く星々のように、黄金色に煌めいては消え、煌めいては消えを繰り返し不規則にその配置を変えます。


「今度は一体何をするつもりだ、道化師」


「とても単純かつ、わかりやすい " 攻撃 " です」


 私は杖をファフニールの方へ向けました。


 すると。


「発射」


 無数の魔法陣が一斉に、ファフニールに向けて熱光線を浴びせ始めました。


 ビュンビュンと光の筋が交差し、彼の巨体を貫いていきます。


「グアァァァァァァァァァァァァァァ!!」


 熱に灼かれる痛みと、身体中に穴が開く痛みとで、ファフニールはたまらず絶叫します。


 こうしてみると、これは「戦い」などではないのかもしれませんね。


 魔女の魔法による、一方的な「殺戮」───私の頭の中に、そんな文言が浮かんで消えます。


「……こ、この魔法はッ……!?」


 ファフニールの声が聞こえてきたので、私は返してあげることにしました。


 冥土の土産というやつです。


「この魔法は、私の編み出した私にしか使えない私だけの魔法───『オービタル』です」


「特有の魔法、だと……」


「えぇ。炎の黒魔法に幾つもの転移魔法、属性付与魔法、座標固定魔法などなどを掛け合わせそれらを一つにした、完全私オリジナルの魔法です」


「全く新しい、独自の魔法を創造したというのか……?」


「それが、なにか?」


 有り得ない。


 そう呟いたすぐ後、ファフニールはまた熱光線の嵐に飲まれていってしまいます。


「───まぁ、普通なら考えられないことですよね」


 ファフニールの反応がおかしなものでないことは、私にもはっきりとわかります。


 なぜなら、私の行った「新種の魔法の開発」、それは一般的な魔法使いがその一生を費やして、あるいは二代三代に渡ってようやく完成させることができるもの。


 それを成人もしていないような小娘が成してしまっている……ファフニールはきっと、真っ先に私の常人離れした若作りを疑ったことでしょう。


 それほどまでに、私という魔法使いもとい魔女は強いのです。

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