迷子とドラゴン(3)

「───おい。さっきからごちゃごちゃと……やはり我が恐くなったか」


 私の心情を知ってか知らずか、……まぁ、この際どうでもいいですよそんなこと。


 ファフニールは愉快そうに嘲笑します。


 私は一つだけ、このドラゴンに質問することにしました。


「あなたに一つだけ、訊きたいことがあります。───シーヴァ出身の六歳前後の女の子、それとその両親に心当たりはありますか」


「ふん、我は数え切れぬほどの人間を喰らってきた。いちいちどんな人間を食ったかなんて覚えていないが……何故そんなことを訊く?」


「私の、友達なんです。初めてできた友達が、あなたの血肉となってそこにいるんです」


「……何故そう言い切れる」


 ファフニールの問いかけに、私は涙を零しかけてしまいました。


 こんな、こんな悲しいことを私の口から言わせるなんて。私、やっぱりこのドラゴンが嫌いです。


 「……」


 私は一度、息を整えて心を落ち着かせます。泣いてしまわないように、ゆっくりと言い切るように。


 私は言葉を紡ぎます。


「蜂蜜の香りが、したんですよ」


 ミカにもらった、あのパンの優しい味が。残留する情報として、微かに鼻孔を通ったのです。


 言い終えるとすぐ、私は箒を構えます。


「───顕現せよ、我が不可視の剣」


 私の言葉に呼応するように、構えた箒が淡い光を纏い変化します。


 あっという間に、箒は魔女の杖へと変貌しました。


「どうやら私には、あなたを倒さなくてはいけない理由ができてしまったようです。あなたに恨みは無い……こともありませんけど、ここで倒させていただきます」


「『仮面の魔女』───といったか。道化師なら道化師らしく、せいぜい我を愉しませてみよ!」


 そう叫ぶと、ファフニールは天に向かい、思い切り黒い炎を吐き出しました。


 夜色の火の粉が、まるで雨粒のように降り注ぎます。……今度ばかりは、「服に穴が開くじゃない」なんて文句も言えません。


 私はこのドラゴンを、本気で倒さなくてはいけないのですから。


「ミカ、離れていてください」


 私はそう言いながら、彼女の肩にそっと触れます。


 こんなに温かいのに、死んでしまっているなんて未だに信じられません。むしろ、何かの間違いを私は切に願っています。


 でも、世界は私に嘘をつきません。嘘が存在するというなら、それはここにいるミカ自身。


「私はあなたを取り戻してみせる。そう、約束させてください。ミカ」


「ベルン……」


 ミカは泣きそうな顔で、私の名を口にします。……そんな顔をされてしまっては、余計に力んでしまいますね。


 私はミカの肩から手を放し、彼女が岩陰に隠れたことを確認すると、再び杖を胴の前に掲げ、ファフニールと対峙します。


「これが私史上、初めての『冒険』です。───さぁ、死力を尽くしてかかって来なさい、ファフニール!」


 返しの代わりに、目の前のドラゴンは思い切り咆哮を轟かせました。洞窟……いや、山脈全体が揺れるのを、私は全身で感じます。


 戦いの火蓋が今、切って落とされました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る