迷子とドラゴン(2)
話のできる魔物ならば、穏便に事を進めることも考えたのですが……
「この仮面の魔女に喧嘩を売ったこと、後悔させてあげましょう」
私は人差し指をビシッとファフニールの方へ向け、宣言します。
ファフニールは私の言葉を鼻で笑い、「やれるものならやってみろ、道化師が」と更に私を煽ってきます。
さっきから見ていれば、慢心で塗り硬められたその唯我独尊的姿勢。人間の言葉が習得できるのなら、人間の礼儀作法も心得ていてほしいところでしたね。
ここはいっちょ、その長っ鼻をへし折ってやりますか。
「ミカ、あなたは離れていてください。ここは危険なので───」
私はミカを巻き込んでしまわないように、この広間から離れるよう促そうとしました。
しかし。
「……ミカ?」
私は思わず言葉を止めてしまいました。なんだか、ミカの様子がおかしいのです。
歯をガチガチと鳴らし、全身は硬直したまま、まるで何か悪いものに取り憑かれてしまったかのような震え方で身体を縮こませています。
「私、あのドラゴン……知ってる」
「……まぁ、あれでも奴はドラゴンの類ですからね。恐いのも無理はありません。ですが……」
「───そうじゃ、ない」
あの活発なミカらしくない、凍えるような冷たい声が私の声を遮ります。
ミカは震える声で、言いました。
「私、あのドラゴンに殺されたの……」
私はしばらくの間、喋り出すことができませんでした。
「私も、私のお父さんもお母さんも、みんなあのドラゴンに食べられちゃった……」
「ミカ、一度落ち着きましょう。あなたは殺されてなんかいません。だって、たしかにここに " 在る " じゃないですか」
「じゃあ、なんで私は……どれだけ歩いてもつかれないの? お腹が空かないの? ちっとも眠くならないの? ───なんでここから、出られないの?」
私は不意を打たれ、思わず咳き込んでしまいました。
たしかに、ミカの言う通りです。色々と不可解があることに、私は今まで気付いていませんでした。
───いや、本当は薄々感づいていたのに、考えないようにしていたのか……? 私は自分自身への理解の足りなさを呪いました。
なんでもっと、私はミカのことを見てあげられなかったのでしょうか。今にして思えばミカと最初に出会ったあのとき、ミカはマッチの一本も持ってはいませんでした。
では、ミカは一体どうやって、あの真っ暗な洞窟の中を動き回れていたのでしょうか。
「ミカ、あなたは本当に……」
先を言いそうになったとき、私の脳に電流が走りました。
私は言いかけた言葉を飲み込み、今度はファフニールの方を向きます。
「我が眼に映る全てを見透せ───『ガイド』!」
ファフニールを構成するものが、私の眼を介して頭の中に流れ込んできます。
……もし、ミカの言う事が正しいなら。
もし、私の仮説が正しいなら。
「こいつの中に、まだ残ってるはず……!」
ミカとその両親の因子が、まだ分解されずに残っているはずなんです。私は情報のスープの中を必死に探しました。
そして、その中のほんの一端に、───ミカを見つけました。
見つけてしまいました。
この組織情報、間違いなく六歳の人間の女の子です。
「ミカ、本当のあなたを見つけました」
「そっか。……じゃあ私、本当に───」
幽霊だったんだ。
諦めたようなその声が、私の耳を離れることはありませんでした。
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