迷子とドラゴン(1)

「───ようやく拓けた場所に出たと思ったのですが……」


「すっごいねー、ここ」


 私とミカは目の前に広がる光景に二人して、思わず息を飲んでしまいます。


 そこは、とても大きな空間でした。天然のコンサートホールとでも言えばいいのでしょうか、先が見えなくなるほど広く伸びるその空間には無数の鉱石が生えていて、そのカラフルな色を天から挿す光が輝かせています。


 嗚呼。なんて幻想的な場所なのでしょう。


「でも、こんなところ『ガイド』では見ませんでした。私の魔法に欠陥があるとは思えませんし、妨害の件といい一体どうなっているのでしょうか───」


 私が顎に手をやり、頭を悩ませていたその時。


 

 ドォォォォォォォォォォォォンッ



 と、暗闇の奥から何かが音を立てて崩れました。


 私は急いでミカの肩を抱き、彼女を守る姿勢で身構えます。


「───誰だ? 我が神域を犯そうとする不躾者は」


 地を這うような低音が私の鼓膜をビリビリと振動させ、砂埃が全身に覆いかぶさってきます。……あー、帽子を被っているとはいえ、髪に付いた砂って中々取れないんですよ? 衣服も随分と汚れてしまって、中々に最悪です。


「貴方こそ一体何者なんですか! 汚れてしまったローブと帽子、洗濯してくれるんでしょうね?」


「ベルン、あんまりけんかは売らないほうが……」


 心配するミカに構わず、私は大声で問いかけます。汚れてしまった、私のお気に入りたちのことを思えば何も恐くはありません。むしろ喧嘩上等、どっからでもかかってこいや! ってなもんです。


「ほう、中々威勢のいい人間じゃないか。……ならその性根、我が大翼で消し飛ばしてくれるッ!」


 風を殺す轟音。


 現れる巨大な影。


 そして、闇に光る紅い眼光。


 私は目の前のそれらに、恐怖でもなければ絶望でも、後悔でもない。


「あぁ、なるほど」


 と声を漏らしてしまう、一種の「納得」を覚えていました。


「我こそはこの地を城とする魔物の王。───『ファフニール』である」


 漆黒の翼をこれ見よがしに羽ばたかせて、ドラゴンはそう言い放ちました。


 私はその一連の動作を適当に眺めた後、溜息混じりに言ってやります。


「……で? 私の汚れたローブと帽子、どうすんのって訊いてるんですけど」


「………………は?」


 最強の名を冠する魔物にはおよそ相応しくない、間の抜けた声が聞こえてきます。


 私の反応が、彼の思い描いていたものとよほど乖離していたらしく、しばらくの間猿が轢き逃げ食らったような顔で固まってしまいました。


「……あー、なるほどな。その人間離れした気色の悪い顔を見てようやく合点がいった。さては貴様、人間に化けた魔物の類だな?」


 と、ファフニールはなんとも間抜けなことを口走ります。


「いえ、この顔はただの仮面ですし、正真正銘の人間ですよ」


 私は親切丁寧に教えてあげました。というかこのドラゴン、さらっと私の仮面ディスりましたよね? 『気色悪い』って、言いましたよね?


 私の中で、ファフニールへの好感度がグングンと下がります。衣服を汚されたことと、この仮面を貶してくれたこと。


 ───私絶対、許しません!

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