迷子と迷宮(5)
「残念ながら、私はその五人の中には含まれませんよ」
私は苦笑いのまま言います。
「そっかぁ。……じゃあさ、もし銀魔法が使えるとしたら、ベルンはどんな魔法を使いたい?」
「そうですね……、『時間操作』なんかは、使えると便利なんでしょうね」
「その『じかんそうさ』? って魔法、どう使う?」
「この銀紙に包まれていたチョコレートを復元します」
私はポケットの中から、再び一枚の銀紙を取り出しミカの前でひらひらとなびかせます。
「お腹、空いたの?」
「はい、それはとても……」
ずっと考えないようにしてきましたが、そろそろ限界。私は鳴り止まないお腹を両手で抑え、その場にペタンと座り込みます。
実は私、数日前に食料を切らしてしまってからというもの、今現在に至るまで何も食べていないのです。この銀紙に包まれていたチョコレートが、私の最後の食事でした。
───あー、本当に困りましたね。
「もし本当に『時間操作』の魔法が使えたのなら」と、私は本気で悔やみました。天才魔法使いと謳われたこの私が、なんとも情けない限りです……。
薄明るい洞窟の中を、私とミカは未だ脱出できずにいました。
私はミカから頂いた手製のパンを片手に齧りながら、もう片方の指をランタンにして先頭に立ちます。
……ちなみに今私が手にしているパンですが、空腹にあえぐ私を見かねたミカが「お腹空いてないからあげる」と手渡してきた正真正銘の貰い物です。
決して年端も行かぬ幼子から巻き上げたとか、そのような黒い食料ではありませんよ? 純度百の好意でできた手作りのパンで、なんでも彼女の母様が焼いてくれたんだとか。ほのかに香る蜂蜜の風味に、私は思わず泣きそうになりました。実際半泣きだったと思います。
───と、パンの話はほどほどに。私は難しい顔を作り直し、また迷宮の散策へと戻ります。
「おかしいですね。さっき『ガイド』で視た通りの道順に進んでいるはずなのですが、一向に出口が見えてきません」
「もう一回、魔法でしらべられないの?」
「さっきから試してるんですけど、うまく発動しないんです。何やら妨害されてるようですね、私の魔法」
「一体、だれが……?」
「はっきりとはしませんけど、おそらく人間ではありません。私のものより強力な魔法が使える人間なんて、有り得ませんから」
そう、有り得るはずがないのです。
私がファンタジアにいた頃、「国の誇る天才魔法使い」たる私の地位を揺るがすような逸材がいるという話なんて、一度も耳にしたことがありませんから。
「不治の病の治療」、「伝説のドラゴンの討伐」、「隕石落下の阻止」、「大量発生したアンデッドの大封印」…………私が国で行ってきたそれらの雑務は全て、私という魔法使いがいなければ解決していなかった。
幾度となく祖国を危機から、それも単身で救ってきたこの私よりも強い魔法使いなんて、いるのなら是非一度茶を交わしたいくらいです。
「ベルンって、そんなにすごい魔女だったの?」
ミカの声に、私はハッと現実に戻されます。無意識下とはいえ、危うく私の正体まで喋ってしまうのはいけません。
「いえいえそんな、ただ少し腕に自信のあるだけの、仮面を付けた普通の魔女ですよー」と、私は必死の作り笑いで誤魔化します。
ふーんと意味深げに笑うミカ。……実はこの子、私の正体に気付いているのでは? と不安になってきました。
「『過度な自信は身を滅ぼす』って、お母さんが言ってたよ、ベルン!」
それだけ言うと、ミカは何故か満足した様子で再び歩き始めました。
おかげで私の身バレに対する不安は消え去りましたが、……なんと言えばいいのでしょうか、この形容し難い感情は。
少しイラッとしたのはナイショです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます