迷子と迷宮(2)

「子供……ですか」


 私の前に現れた人影は、おそらく六歳前後であろう女の子でした。


「あなたみたいな小さい子供が、こんな洞窟で何をしているのです?」


 私は膝を折って、女の子の顔を覗き込みます。女の子はレースの付いたスカートの裾をキュッと握り、目を合わせてくれません。


「どれだけ歩いても、出られないの」


 か細い声で、女の子は答えてくれました。


「……つまり、『迷子ちゃん』ということですね」


「『ミカ』って名前、ちゃんとあるよ」


「あら、それはごめんなさい」


 そういう意味で言ったんじゃないのだけれど、とりあえずこの子は「迷子のミカちゃん」ということで、間違いはなさそうですね。しかしこんな真っ暗な洞窟の中、さすがに放っておくことはできません。


 魔女とて人の子。私はこの子を連れて行くことに決めました。


 と、なると。行動を共にする上で、まずは互いのプロフィールを知っておく必要があります。まずは私から。


「私は仮面の魔女ベルン。この顔はただの仮面で、素顔は誰にも知られてはいけないのです。実はかなりのべっぴんです」


「本物のまものじゃなかったんだ」


「……私が本物の魔物なら、あなた食べられちゃってますけど」


 私のことを魔物だと勘違いしながらも逃げようとしなかったとは、中々肝の据わった子供ですね。


 冷静にツッコミを入れながら、今度はミカちゃんのことを訊き出します。


「ミカ、ろくさいです」


「どこから来たのですか?」


「……向こうの方」


「四方八方が暗闇に包まれた状況で『向こうの方』と言われましても……」


「北の国、『シーヴァ』から」


「もしかして分かっててボケました? さっき」


 どうやら私はツッコミ担当らしいです。


 謎の脱力感に襲われながらも、私はとりあえずこのミカちゃんに関する情報をより詳しく吐かせました。


 ・名前は「ミカ」。


 ・年齢は六歳。


 ・出身は北の国「シーヴァ」


 ・両親の出稼ぎに同行したのはいいものの、運悪くこの洞窟の中ではぐれてしまった。


 ……とまぁ、こんな感じ。


 彼女の両親のことも心配ではありますが、私はとりあえず一度そのシーヴァに帰ることを提案します。この薄暗く広大な迷宮の中を永遠に探し回るより、一度国に帰った方が安全だと判断したからです。


 幸いなことに、ミカは私の提案を受け入れてくれました。しかし、それでもミカは憂鬱そうな顔で呟きます。


「この洞窟、歩いても歩いても外に出られないの。……ほんとに出口なんてあるのかな」


「外と繋がる出入り口があったからこそ、私たちは今ここにいるんじゃありませんか。大丈夫ですよ」


 私は精一杯の笑顔で、不安を露わにするミカを励まします。


「もし出られなかったら、ちゃんと責任とってね」


 そう言って、ミカは私の手を握ってきます。


 うーん、これは少し困りました。もしこのまま閉じ込められてしまったら、どうやら私は何かしらの責任をとらされるそうです。「義務」だの「責任」だのという言葉は、自由人たる私にとって一番の天敵。


 これは、なんとしてもミカと一緒にこの迷宮を越えなくては。

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