序章【出発編】

迷子と迷宮(1)

 心地よい北風が、自慢のローブと三角帽子をパタパタと揺らします。


 北風の冷たさに私は思わず目を細め、その冷たさすらも楽しんでいる自分自身に、なんだか嬉しくなりました。


 私を閉じ込めていたあの国から逃げ出してはや三日。その間私は永遠に代わり映えのない緑の上を飛んでいました。


「直近の国まではあと二日……かぁ」


 意識的に声を漏らして、私は楽しい旅感を演出します。ちょっと子供っぽかったかな。……まぁ、いいでしょう。


 私は構わず地図を広げ、目的地までの道筋を指でなぞります。どうやらこの地図によると、私の目指す国まではまだまだ長い感じです。わかってはいましたが、それでもやっぱり、待ちきれません。


 新しい国。


 見たこともない食べ物やアイテム。


 未知の魔物。


 そして、運命の出会い。


 ……ッかぁ〜! 夢が広がりんぐ!!


 私は地図をしまい込むと、箒にさらなる魔力を流し込み、大気を裂く勢いで加速しました。待ってろよ私のあばんちゅーるッ! 今すぐそっちへ行くからね!




 しばらくして、私は箒を止めました。


 目の前には大きな、とても大きな山脈が、どーんと横に伸びています。


 その山々はとても高く、箒じゃ飛び越えられそうにありません。


 仕方ない。私は一度地上へ降り、山脈への入口を探します。しばらく歩くと、何やらそれっぽい穴を見つけました。


 穴の先を覗き込むと、中は思ったよりも広く、鍾乳洞のようになっていました。


 辺りを見回しても、どうやらこの穴からしか山脈内部には入れそうにありません。


 これは、行くしかない。


 私はゴクリと唾を飲み、箒を片手に穴の中へと踏み込みました。


 コツ、コツ、コツ、コツ……。


 私の足音が、洞窟の中を反響します。先に進めば進むほどその暗さは増していき、音の反響もより大きくなるようです。


「我が道を照らせ───『ファイア』」


 私は火の魔法を発動させると、それを指先に固定して即席の蝋燭にします。心もとない灯火ですが、ないよりはマシです。


 ちなみに、より大きな炎も出そうと思えば余裕で出すこともできたのですが、いかんせん自分の指に着火させるとなると熱すぎて耐えられそうにありません。


 それに、この先どんな危険があるのかもわからないので、魔力はできる限り節約するのがベストでしょう。塔の中で繰り返していた、「サバイバル生活をする私」の妄想が役に立ちました。


 私は指先の火の光を頼りに、奥へ奥へと道なりに進みます。もう入口から挿す光も見えなくなってしまいました。


 壁と壁の間は、丁度私三人分程。高さも丁度私三人分くらいです。と言っても、私の身長を知らなければピンときませんよね。百六十二センチです。……私は一人で何を言っているのでしょう。


 さて、道はさらに続きます。体感二時間は歩きましたが、それでもまだ半分すら到達していないのでしょう。流石に少し疲れたので、私は休憩をとることにします。


 ふぅ、と気の抜けた私の声が、洞窟内を反響します。


 ───すると。


「誰か、いるの?」


 何者かの声がしました。おそらくそう遠くはありません。私はびっくりして立ち上がり、すかさず箒を構えます。


 コツ、コツ、コツ、コツ……。


 響く足音。私のものではなく、さっきの声の主から発せられている音です。


「そこにいるのは、誰?」


 目の前にうっすらと、人の影が現れました。


「あ、あなたは……」


 その人影を前に、私は言葉を詰まらせてしまいました。

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