仮面の魔女と逃飛行
琥珀ひな
プロローグ
旅立ちの日
ここは剣と魔法の国、「ファンタジア」。様々な種族の生き物が共に暮らし、ときに手を取り、ときには殺す。……そんな、自由で自然的な世界。
幾数もの居住地や公共施設、露店などがひしめき合う街々はいつも活気付いていて、それらを見下ろす一本の " 塔 " は、今日も陽の光を浴び悠然と佇んでいます。
───さて、そんなこの国を象徴する塔の一室。そこでは一人の女の子が、ひどく退屈そうに呆けていました。
あぁ、つまらない。
その女の子の名は「ベルン」。齢十八にして世の魔法を極め尽くしてしまった、ファンタジアの誇る凄腕魔法使いです。
元は貴族の娘だったのですが、その家に仕える魔法使いに魔法を習い、八歳になる頃にはその道の才能が開花。さらに鍛錬と独自の研究を続け、わずか二年後には熟練の域に達してしまうという、ベルンは世にいう「天才児」だったのです。
その後も魔法の技術の向上は留まるところを知らず、気が付けばベルンは国のお抱え魔法使いとして、塔の中での生活が当たり前となっていました。
研究や日々の営みは全て塔の中で行い、招集がかかったときにのみ、箒にまたがり城へ参上する。そんな窮屈な生活はもう八年になります。
「外の世界を知りたい」
ふと、ベルンは思いました。
だって、来る日も来る日も塔という名の檻の中。世に知られている魔法も、そうでない魔法もその殆どが習得済み。たまのお仕事だって、やれ「不治の病を治せ」だの、やれ「伝説のドラゴンを討伐しろ」だの。あまりにも仕事に張り合いがありません。
もしかしたら、このまま一生国の奴隷なのかも。───そう思うと、ベルンは死にたくなりました。
だからベルンは、荷造りをします。何のための荷造りだって? 無論、「逃げ出すための」、です。
幸いなことに、ファンタジアのお偉い様方は、ベルンが逃げ出すなんてこと夢にも思っていませんでした。
激甘な塔の警備を華麗にすり抜け、ベルンは箒に乗って夜の空へと羽ばたきました。
───これでもう、退屈からはさよならだ!
夜の風に揺られながら、ベルンは鞄の中からあるものを取り出します。
それは魔物を象った、一枚の「仮面」でした。
ベルンは早速それを装着すると、視界の良し悪し、息の心地などを確認しそのどれもに問題がないとわかると、魔法で顔の皮膚と接着してしまいました。
旅先で自分がファンタジアの天才魔法使いだとバレてしまわないため、ベルンは顔を偽ることにしたのです。
「さて、まずはどの国を目指しましょうか!」
この空の向こうには、まだ知らない世界が広がっている。たくさんの「楽しい」が待っているはず。
「ファンタジアの魔法使いベルン」改め「仮面の魔女ベルン」は、未知への期待を胸に旅立ちました。
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