12.万能薬
風が、変わった。
緑の匂いがする、優しく懐かしい風が吹く。
空がおぼろげに明るくなり、日の出の時刻が近づいているのを告げる。
「お前は、間に合うかも知れない……」
ドラゴンが口を開く。その声音は、今までと違い落ち着いていた。
「……ドラゴン、それはどういう意味?」
アンジェリナがドラゴンを見れば、先ほどの怒りや悲しみが溢れる瞳ではなく、凪いだ日の出のような色の瞳をしていた。
「ドラゴンの角は、人間には万能薬になると聞く。先ほどの私の角を削り飲ませるといい」
「……そうなの?」
アンジェリナがランドルクに問いかけると、彼は困ったように言う。
「聖騎士王の物語でそういう場面がありましたが、あれはおとぎばなしではないかと……」
確かに、この世界に魔法はあるが既に形骸化して、使えるものなどごく少数だ。まして、ドラゴンの角が万能薬だなど信じていいだろうか?
「わかったわ、
涙を拭くと何のためらいもなく、アンジェリナは動いた。
身に付けていた短剣で、ドラゴンの角を削り、それを柄の部分で砕き粉にした。
それは、かなり素早く手際が良く、周りのものを感心させた。
「ランドルク、手を貸して!」
アンジェリナとランドルクが、薬を飲ませるためアレクを抱え起こすと、アレクが苦しそうに顔を歪めた。
「アレク、これを飲んで」
アレクに薬を飲ませると淡い光がふわりとアレクを包み、それまで荒く苦しそうだったアレクの呼吸が穏やかな呼吸に変わった。
光がおさまると、頬にも赤みも戻ってきた。
ランドルクが、ほっと胸をなで下ろす。
「これなら、大丈夫でしょう」
アンジェリナは、恐る恐るアレクに声をかけた。
「アレク…? しっかりして、私がわかる?」
アレクがうっすらと瞳を開いた。
「アンジェリナ…姫…?」
焦点が定まらない赤い瞳が、泣いている姫をぼんやりと見返しハッとする。
「どうして泣いているんですか! 誰が泣かせたんですか!?」
もう、どこも痛まないのかアレクは突然起き上がった。
「おい、起きて大丈夫なのか?」
ランドルクが信じられないと苦笑する。
「大丈夫です! それより、姫を泣かせたのは誰ですか!?」
「ばかぁ、アレクだよぉぉ!」
アンジェリナは元気なアレクの様子に安心し、彼の胸に飛び込み大声で泣いた。
アレクは困った様子で、姫が泣きやむまで真っ赤になりながらずっと天を仰いでいた。
*
あたりがゆっくりと、でも確実に明るくなってきた。
長い一夜が明ける。
おもむろに、ドラゴンが流暢なアルティライト語で口を開いた。
「アンジェリナ。お前達にはすまないことをした。私が愛しいものを亡くした悲しみをお前達にあたるのは筋違いと言うもの…本当になんと詫びればいいか。即刻、この地から離れどこか人里はなれた地で静かに暮らすことを約束しよう」
「ちょっとまって! 別に暴れなければアルティライト国に居てもいいわよ。国土は広いわ」
「姫っ! 何を言っているんですか!?」
迷惑をこうむったランドルクは真っ青になって叫ぶ。
このまま、大人しく去ってくれるならばそれに越したことはないのに、なぜ引き留める?
「あっそうだ。いいこと考えた。ドラゴン、あなたお名前は?」
「風竜のミストラルだ」
「風竜のミストラル。いい名前ね☆
あなた、人型に変身できる?」
「できるが、それがどうした?」
―――― 嫌な予感。
アレクとランドルクは、姫が何を言い出すかおおよそ予想がついて、顔を見合わせて大きなため息をついた。
ダメだと言っても、聞きはしないだろう……。
「じゃあ決まり。人化して城においでよ! 絶対、楽師のモーレン先生も会いたがるだろうし、それに…一人で癒せない痛みもたくさん仲間がいれば少しずつ癒されるはずだから……」
青空の様に澄んだ瞳が真っ直ぐにドラゴンを見つめる。
(だから、この姫は多くの者に好かれ、慕われるのだな……)
ミストラルがアレクを見ると、ため息をついて頷いた。
アレクとの契約があるドラゴンは、アレクが許可をしなければ城へは行けないが、今の頷きはしぶしぶ許可した合図だった。
「わかった。いつまでとどまるかは約束しないが、城で世話になろう」
そう言うと、ミストラルは古語とは違う魔法語を唱えた。
(きれいな声、歌ってるみたい……今度、教えてもらおう!)
アンジェリナがそんなことを思っているうちに、ミストラルは呪文を唱え終え人間に変化した。
背の高い、見目麗しい青年だった。
ゆったりとした薄い水色の
銀青色の長い髪に囲まれた顔は美しく、
歳はランドルクとそう変わらないように見えた。
「うん。すっごくいい!」
アンジェリナは、飛び跳ねて喜んだ。
「みんな、仲良くしようね!」
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