10.竜の悲しみ
「では、風竜。契約に従ってもらう。まず、この場所から去ること。そして、その自虐的な態度をやめること。ひとまずこの二つを守ってもらおう」
アレクの言葉に、アンジェリナも大きく頷いた。
しかし、ドラゴンは怒りをあらわにした。
「そんなものに従えるか!
お前は竜殺しなんだろう?
私を討ってくれ!!」
「そんなことしなくてもいいだろう? お前は心に傷を負っているんじゃないか?
それは時間が解決してくれる……。死ぬことはないだろう」
アレクの説得にも、ドラゴンは耳をかさない。
「時間が解決してくれるだと。ふざけるな!
人間とは違うんだ。その時間がどれだけ続くと思う!
なぜ殺してくれない!
『彼女』もそうだ。どうして俺も共に黄泉に連れて行ってくれないんだ!」
(ああ、このドラゴンは大切な人を失ったんだ……)
ドラゴンの言葉で、アンジェリナにはそのことがよく分かった。
『あの人は行ってしまった
あの人は逝ってしまった
私をおいて
二度と戻れない場所へ
どうして連れていってくれなかった!
あなたと一緒ならどこへでも行くのに
地の果てでも
海の底でも
星の向こうでも
こんなにもあなたを愛しているのに
あなたは愛してはくれなかったのか?
声もない
ぬくもりもない
涙も出ない
愛してる
愛してた
愛してる
愛してた
声がかれるまで言おう
あなたが迎えに来るまで言おう……』
「―――― !?」
アンジェリナの銀の鈴を震わせるような切ない歌声に一同が息をのみ、そして皆、今は亡き者のことを思い出し心が揺さぶられる。
「どうして、そんな風にしか思えないの?
ううん、今はそうとしか思えないのかも知れない。まだ、亡くしたばかりなのね……。
でもっ、亡くなった方はあなたのそんな姿は望んでないはずよ」
「お前は、本当にその気持ちがわかって歌ってるのか?
違うだろ? 私の気持ちなど、お前みたいな幸せな姫にわかるはずなかろう!」
「そんなことないっ! わかるよ、あなたの気持ち……」
「戯言は聞きたくない!」
大きく頭を振るドラゴン。
「お願い、ちゃんと聞いてっ!」
アンジェリナは、想いを込めて歌う。
ドラゴンの心の安寧と亡くなった者の冥福を祈って。
『晴れた日は小鳥と共に
青空の下歌いましょう。
雨の日は雨音に耳を澄ませ
あなたのために歌いましょう。
歌は希望の光
瞳にはうつらなくとも
あなたの胸は
暖かくなるでしょう?
思い出して!
はるか彼方にいたとしても
耳を澄ませば聞こえる歌があるはず。
あなたを想う
優しい歌声が……
あなたを想う
懐かしい歌声が……』
暖かな光の歌声が、ドラゴンの中に何かを訴えかける。
ドラゴンの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
その涙は月明かりに照らされ、闇夜に輝く。
「やめてくれっ! お前に何がわかる……!」
怒りと悲しみが入り混じった中、ドラゴンが大きな咆哮を上げ暴れ出した。
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