9.ドラゴンの契約

「おまえに倒されたとか言う、間抜けな竜はどこの奴だ?」

 ドラゴンは、自分はそう簡単には倒せないとアレクを挑発する。

 アレクは不愉快そうに眉根を寄せた。

 そして、姫の前では決して見せない暗く鋭い眼光で、ドラゴンを見据える。

「……ネガロスの黒竜だ。闇に染まった竜は、ああするよりほかに道はなかった……」

 アレクは、竜殺しの話はあまり思い出したくないことであった。誇らしさよりも寧ろ、無力感に苛まれた出来事だったからだ。

「ふん、そんなのは旗弁だな。所詮、人間どもは竜を害獣としか考えていないんだろう?」

「確かに、そう考えている人間がいることも事実だ。しかし、人間全部がそう考えているわけではない」

「竜殺しに語られても説得力などないわ」

「そうだな。けれど、風竜、あなたを殺したくはない。あなたは闇に染まってはいないだろう」

「そんな戯言が通じると思っているのか? 倒せるものなら倒してみろ」

 怒りにまかせ、何度も尾を地面に打ち付けるドラゴン。

 アレクは、土煙の中、軽い跳躍でそれらをかわす。

 ドラゴンが、アレクを捕まえようと腕を伸ばすと、すかさずその爪を剣で防ぎ間合いを取る。


 アレクの常人離れした動きに、ドラゴンは感嘆する。

「なかなかやるな……」


 言葉通りではない苛立ちがドラゴンからは案じられる。

 睨み合うアレクとドラゴン。

 ドラゴンの金の瞳はぎらぎらと殺気立っている。

 それは、アレクも同じだった。

 

(なんて戦いなの? これがドラゴンの力……そして、これが竜殺しドラゴンスレイヤーのアレクの力……)

 アンジェリナは、初めて見るアレクの本気の戦いに身震いした。

「ダメ。こんな戦いやめさせなきゃ!」

(二人とも、心を遠くへ置いてこようとしている。悲しみ泣き叫んでいたのがドラゴンの本当の気持ち、そして、ドラゴンを救いたいって言ってたのがアレクの本当の気持ちのはずなのにっ!)

 アンジェリナは、この戦場に不釣り合いだと分かっていたが、ランドルクの制止を振り切り、大きな息を吸い歌い出した。

 剣技も魔術も持ち合わせていない姫が戦いを止めるためにできることは、歌で説得し、歌で心を落ち着かせることしか思いつかなかったからだ。




  『瞳を閉じて

   思い出して

   あの空の青さを

   あの星の煌めきを

   

   耳を澄まして

   聞いてみて

   風の幻想曲ファンタジー

   海の子守歌ララバイ


   心を開いて

   感じてほしい……。

   

   誰もが抱く

   暖かな気持ちを……。

   

   誰もが抱く

   安らかな気持ちを……。』



 懸命に歌うアンジェリナ。両手を胸元でしっかりと握りしめている。

(楽師モーレン先生もおっしゃっていたわ。『歌は心で歌うものだ』そうでなければ、何も伝わらないって!)

 一瞬、ドラゴンの動きが止まった。

「やめろっ! おまえは何故、そうやって私の感情を逆なでする。私はただ忘れたいだけなのに、おまえはそれを思い出させるんだっ!」

 悲痛なドラゴンの叫び、アレクはその隙を見逃さなかった。

 ドラゴンの銀青色の鱗を駆け登り、大角の先端を切り落としたのだ。

 ゴトリと音をたて、煉瓦ほどの大きさの角が落ちる。

「……!?」

 ドラゴンもアンジェリナも、その場にいた一同が息を飲む。

「貴様、何をする!」

「『ドラゴンの契約』を知らないとは言わせない」

「『ドラゴンの契約』? どういうこと?」

「姫ぇ、一般教養も帰ったら勉強しましょうね。ドラゴンの契約とは角を傷つけられたドラゴンは傷が直るまでの間、傷をつけた者に絶対服従しなければならないといういにしえの約束のことです。姫の好きな伝承歌なんかによくあるでしょう?」

「そうだっけ? 忘れてたわ」

 アンジェリナは、素知らぬ顔で舌を出し照れ笑いした。



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