8.ブチ切れる姫
長い沈黙の後、目を反らしたのはドラゴンの方だった。
『なかなか勇ましい姫だな……勇気だけは誉めてやろう……』
返事は古語だった。
大地を揺らすドラゴンの低い声に、一同に緊張が走る。
しかし、姫だけが落ち着いて返事をする。
『お誉めに預かり恐縮です』
姫には余裕があった。
もし、自分に危険が迫ればアレクがランドルクが絶対に守ってくれると信じればこそだった。
『私にかまうなっ! 早々に立ち去れ!』
ドラゴンは苛立った咆哮で夕闇を振わす。
フェザーワース騎士団が、恐怖で一歩後退るる中、アレクとランドルクは剣を抜き構える。
姫の信頼を違わない優秀な騎士だ。
「ひめっ! 危険です、下がってください」
「もう少し待って……」
姫が、二人を制する。
「ドラゴン……あなたは、なぜそんなに恐れているの? なぜそんなに悲しんでいるの?」
『私が恐れる? 悲しむ? 竜の私が何を恐れ悲しむと言うのだっ!』
「そんなの私に分かるわけないでしょ? 自分で考えなさいよ!」
ギロリとドラゴンがアンジェリナを睨む。
「アンジェリナ姫、奴を挑発しないでください……古語以外もわかるようです」
アレクが、ドラゴンと姫の間に割って入る。
『ほぉ。姫の騎士か相当腕に覚えがあると見えるな……』
「……」
アレクは、
いつでも攻撃に転じられるように……。 『愚かな。人間の分際で竜を倒せるわけなどないだろう』
アレクは、古語はあまり得意ではなかったが、ドラゴンの態度からも、だいたいの意味は理解できた。
(なぜドラゴンはこんな挑発的なことをいうのだろう? 姫の言うとおり悲しげにも、自暴自棄にも聞こえる。まるで、倒されるのを望んでいるかのように……)
アレクの脳裏に、以前倒したドラゴンの姿が過ぎった。
そうしてる間に、アンジェリナが背後でいきなりぶち切れた。
ドラゴンがアレクのことを馬鹿にしたからだ。
「いい加減にしなさいっ!」
アンジェリナが、両手を握り仁王立ちしている。
「ひめっ!? いけません挑発しないで下さい!」
「イヤです。ランドルクはさがりなさい!」
ランドルクは命令に従い後方へ控えたが、変わりにいつでも攻撃に出られるよう、小声で騎士団に指示を出した。
「竜だか火蜥蜴だか知らないけど、古語もアルティライト語も通じるのに、誰の話し合いにも応じない! 話し合っていたら、誰も傷つかずに済むのに。まだ、アレクと戦うつもりでいる!」
アンジェリナは、力強く一歩前に出た。
「ドラゴンが賢い生き物だなんてウソっぱちね! どんな辛いことがあったか知らないけど、人間に八つ当たりしないでよっ!」
「お前に何がわかる!?」
ドラゴンが、はじめてアルティライト語で叫んだ。
大きな地響きと風がおこり、アレクとランドルクはすかさず姫が飛ばされないように支え庇う。
「そうやって、多くの者に守られ、愛されているお前に私の何がわかると言うのだっ!」
「えっ……? どういう意味?」
声を荒げ、威嚇するドラゴンをなぜかあわれに思った。
「聞きたくば、私を倒すことだな!」
(ドラゴンを倒す…そうよ、それが当初の目的だったわ)
急に目的を思い出して、姫は困惑した。
毎日、歌の練習をしているアンジェリナはとりわけ耳が良い。
ドラゴンの咆哮に、威嚇ではなく悲しみや寂しさが含まれていることを感じていた。
分からずやのドラゴンに腹は立つが、傷つけたくなかった。
アレクも戦わせたくない。
フェザーワース領の民も救いたい。
アンジェリナの胸の中を、いろいろな思いが交錯する。
(冷静にならないと。でも、どうすれば……)
振り返るとアレクと目が合った。
話し合いが無理ならば、武力行使するしかない。
だとすれば、すぐに動けるのはアレクとランドルクくらいだろう。
アレクの腕を信じていない分けではない。人間相手ならだれにも負けないだろう。
けれど、相手はドラゴンだ。
(アレクに頼るしかないのかな……。本当に、ドラゴンを倒せるの?)
姫が不安げにアレクを見ると、彼はこの場に不釣合いなほど笑顔を返した。
(なんで、この状況でアレクは笑えるの?
自信だ…アレクは、このドラゴンを制圧できる自信があるんだ!)
アンジェリナは、ゆっくりと頷いた。
(なら、私にできることはアレクを信じることだけ!)
「護衛騎士アレクサンダー・セントに命じます。フェザーワース領を侵す竜を退けなさい!」
その姿は、毅然としていてアレクとランドルク、そしてフェザーワース騎士団をハッとさせた。
まさに、アルティライト国の『輝く虹』。
(アレクを信じよう……)
アレクは、一人の騎士として深く頷いた。
「命令しかと賜りました!」
アレクの剣がキラリと光る。
「それでいい…愚かな人間よ!」
嘲笑とも自嘲ともつかないような、笑いとともに風竜は、大きな羽ばたきを起こした。
強い風が一同を襲う。
アンジェリナが吹き飛び、後方に控えていたランドルクに抱えられる。
「姫、ご覧下さい。アレクの
強風にもびくともしないアレクの背中を指差し、ランドルクがアンジェリナに言う。
「
「知らないんですか? アレクがあの歳で護衛騎士を任されているのは、十二歳の時にネガロス山の魔竜を倒した功績があったからですよ!」
「じゃあ、アレクは竜を倒したことがあるのね。大丈夫なのね」
(よかったぁ、アレクが人並み以上に強いことは知っていたけど、魔竜を倒したことあるなんて知らなかった……。だって、アレクがただ強いから好きなわけじゃないもの)
アンジェリナは砂塵の舞う中、アレクの背を熱く見つめた。
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