7.黄玉《トパーズ》の瞳

「ねえ。私、ドラゴンと話し合いをしようと思うの」

 突然、アンジェリナは誰も考えつかないようなことを言い出した。

「ドラゴンと話?」

「うん。ドラゴンは古語エンシェントや人語を解すって楽師のモーレン先生が言ってたのよね。私、大声には自信あるしドラゴンにも聞こえると思うのよ」

 アンジェリナは自分の思いつきを瞳を輝かせて語る。

 一方、アレクとランドルクは悪い予感が的中し絶望的な気持ちになる。こうなった姫は、ドラゴンよりもたちが悪い。

「どうか考え直してください! どんなに危険なことか分かっているのですか?」

 ランドルクが下がりがちな目を吊り上げ語気を強くする。

 彼が恐い顔をするときはいつでもアンジェリナのことを心配しているときだと、姫はよく分かっていた。

「危険は覚悟の上よ。けど、指揮官は私でしょ。何事も私が率先しないとね」

「やめてください! 姫の身が危険になることを認められません」

 アンジェリナはアレクが自分を守ろうと必死に止めてくれることが嬉しくて満面の笑みを返した。

 頬を薔薇色に染めた姫は、輝く虹のようにまぶしく、一同はくぎ付けになる。

 その瞬間、アンジェリナは素早く一同より前に出ると、すうと大きく息を吸いドラゴンに話しかけた。



「ドラゴンさーん! お話しましょーっ!」

 明るく元気のいい姫の声が、街道に響き渡る。

 サーッと騎士たちが凍りつく。

(なんでこうなるんだ? 竜殺しドラゴンスレイヤーの俺がいて、フェザーワース侯爵がいて、その優秀な騎士団がこれだけいて……どうして、剣を持たないアンジェリナ姫が先頭にいるんだ!?)

 アレクは、ドラゴンを倒すのと姫に大人しくしてもらうのと、どちらが難しいかを考えて、頭が痛くなった。

 月を振り仰いでいた巨大なドラゴンが、物憂げにアンジェリナを見た。

「はじめまして、ドラゴンさん。私はアルティライト国の姫アンジェリナです。この道は、フェザーワース領と首都アルティライトを結ぶ大切な街道なのです。どうか、道をあけてください」

 アンジェリナは相手がドラゴンであっても、決して物怖じしなかった。

 単に興味がまさっていただけかもしれないが、 目をそらさず真っ直ぐにドラゴンを見上げ、凛とした声で話しかける。

『…………』

 ドラゴンは一瞥しただけで何も答えない。

「姫…アルティライト語が通じないのでは?」

 ランドルクが、恐る恐る姫に進言する。

「うーん。そうかなぁ……しょうがない古語エンシェントを使おうかなぁ、でも、私あんまり得意じゃないんだよね……。

 いいや、歌っちゃえ!」

 アンジェリナは、古語の歌の中でも誰でもよく知る『花の輪舞』を歌い出した。


 『喜びの後に また喜びがあるのか?

  悲しみの後に また悲しみがあるのか? 

  そんなことばかりではないはず。

  そんなことばかりではないはず。

 

  喜びの花も いつか枯れ やがて土に還る。

  悲しみの花も いつか実を結び やがて花を咲かせる。

  繰り返す『花』 連なる『花』


  昨日 今日 明日を束ね

  光にかざして一緒に踊りましょう。


  喜びの舞い

  悲しみの舞い

  昨日の涙

  今日の喜び

  明日への笑顔』




 ドラゴンはアンジェリナの小鳥のような優しい歌声を聞いても、不快そうに睨んだだけだった。

『何故に、そのように悲しげに泣くのですか? 私共にできることは何もないのですか?』

 アンジェリナは、ドラゴンに怯まず古語で問いかける。

 青空の様に青く澄んだ瞳で……。

 ドラゴンと姫の瞳が交わる。

 ドラゴンの黄玉トパーズの瞳は、涙こそ流していないもののとても悲しげだった。

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