5.歌を旅の道ずれに
そして、翌日。
城門前には、頭を抱えたアレクと身も心もウキウキした様子のアンジェリナがいた。
「で……どうして姫が旅仕度をしてるんですか!?」
アレクが旅の為に制服ではなく軽鎧と風雨がしのげるマントを羽織っているのは当然として、アンジェリナが若草色のチュニックに動きやすい白いズボンの軽装であることに彼は悲痛な叫びを上げた。
「そんな、当たり前のこと言うの?
アレクは私の護衛騎士なのよ。
私を守らないってことは職務怠慢。
減俸されても文句言えないのよ?」
「だから、私について行くって言うんですか!?
そんな、むちゃくちゃな……」
「つべこべ言わない!
さぁ、フェザーワース領へ出発!」
「とほほ……」
かくして、二人は愛馬の足をゆっくりとフェザーワース領へ歩ませた。
姫の賑やかな歌とともに……。
『アルティは美しい妖精姫。
瞳に深い愛情、
翼に優しさを持っている。
ライトは勇敢な聖騎士王。
両手には揺るぎない力強さ、
胸に正義の心を持っている。
安らぎの地、
繁栄の地、
ああ、我らの国、
アルティライト!』
勇ましく自国の国歌を歌っているアンジェリナ。
ドレスとローブを脱いで、身軽になったせいか気分も軽くなっているようだ。
ドラゴン退治という危険に立ち向かうのに、アレクとの旅を満喫している。
まったく、困ったことだ。
「姫、今からはしゃいでると、着く頃にはくたくたですよ」
「わかってるわよ! もう、アレクは心配性ね」
「……誰が心配させているんだか……」
「何か言った!?」
「いいえ…別に……」
(アンジェリナ姫は、大国の姫君だという自覚が足りなくて困る。けれどその親しみやすさが、国民にも好かれるところではあるんだろう……)
その国民の中に、中にアレク自身も含まれている。
姫の明るさに、彼も何度も救われたのだ。
(まあ、窮地に陥れられることのほうがはるかに多い気もするが……)
もうお手上げと天を仰ぐアレク。
そんなアレクを横目で見ながら、アンジェリナは頬を赤らめとろけるような笑みを浮かべた。
*
問題の街道に着いた時には、すでに日が傾き掛けていた。
「遅かったじゃないか、アレク!」
街道で野営を構えて警備にあたっていたランドルクが待ってましたと、アレクを荒っぽくこづく。
領地が気になりランドルクは姫達より先に早馬でフェザーワース領へ帰っていたのだ。
「すみません。少し手間取りまして……」
「手間取った? えっ、姫様!? 何故こんなところに!」
ランドルクは真っ青になった。
「私が来ちゃいけなかったわーけ?」
アンジェリナはというと、ランドルクの眼中に入らなかったことと、アレクにじゃま扱いされたことに頬を膨らました。
次の瞬間、ランドルクの叱責で空気が張り詰める。
「これからここは戦場になるんですよ。自身で身を守れない者は来てはいけません。
分かっているな、アレク!」
ランドルクがあまり見せない厳しい顔でアレクにつめ寄り、アンジェリナが少したじろぐ。
いつもはいいお兄さんという感じのランドルクが、命をかけた危険な仕事に遊び気分のアンジェリナを連れてきたことを本気で怒っている。
自国の王女を危険にさらすことはできない。
それだけではない。武術の心得ない少女を戦いの場に連れてくるというのは明らかな失態だ。
何より、アンジェリナとアレクのことを心配だからこそ厳しく叱ったのだ。
アンジェリナは、自分では身を守れない。その負担はアレクに降りかかる。
重荷を背負うのは、アレクだ。
アレクには、ランドルクの気持ちが十分わかっていた。
だからこそ、唇をかんで黙っていた。
(俺がランドルクに迷惑をかけた……)
アレクは、自分の力を過信しすぎていたと反省した。
「………」
「アレク。言わなくともわかっていると思うが……」
「はい。聖騎士ライトの剣に誓って!」
(姫は、私の命に変えてもお守りするつもりです!!)
アレクが、まっすぐにランドルクを見返したので、ランドルクはそれ以上何も言わず頷いた。
(自分が一番危ない目に遭うことがわかっていて、姫の言うことを聞いてしまうのだから、アレクも姫に甘いというか何と言うか……これじゃ、いくつ命があっても足りないじゃないか……)
それでも、アンジェリナのわがままにつきあってしまうのは、アンジェリナの天真爛漫な性格のせいだと、ランドルク自身よくわかっていた。
「わかっているならいい。こちらでも対処する」
「何でアレクを怒るのよ!」
ランドルクの気持ちが分からないアンジェリナは、彼に食ってかかる。
「姫、いいんです。私が悪いんですから」
アレクが姫をなだめたが、アンジェリナは聞く耳を持たない。
「何で、アレクが謝るの! 勝手について来たのは私なのよ!」
「アンジェリナ姫、それがわかっているなら結構です。アレクサンダー護衛騎士を困らせる行動は謹んでもらいましょう」
ランドルクはわざとアレクの名を正式に呼んだ。
これは、遊びではなく公務であり仕事だと姫に分からせるためだ。
「………」
「さぁ、姫様、安全な場所に移動して下さい」
ランドルクが姫を促す。
しかし、アンジェリナは大きく金の髪を横に振った。
「私はこの国のアルティライトの王位継承者なのよ! 国民が困っているなら、私が出向いて何とかするのが当然でしょ!?
私は誰の瞳でもなく。私自身の瞳でこの国を見つめたいのっ!」
これは言い訳ではない、アンジェリナの本心だ。
姫がアクアマリンの様な青い目で、フェザーワース候ランドルクを見据える。
熱く、真っ直ぐに……。
(確かに、アレクと旅がしたいって気持ちも少しあったけど……この国を好きな気持ちは誰にも負けない!)
三人の間に、初夏のさわやかな風が吹き抜ける。
((だから、姫にはかなわないんだよなぁ……))
アレクとランドルクは、白く輝く満月を仰いで笑った。
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