3.早馬の知らせ
昼下がりのぽかぽか陽気。
大きな窓から差し込む木漏れ日が心を落ち着かせる。
アンジェリナは、謁見の為に白いドレスに珊瑚色のローブにティアラという出で立ちで、国王代理として玉座に座り、フェザーワース領主の話を聞いていた。
しかし……。
「ふあぁぁ~」
アンジェリナは、長い話に飽き飽きして、青い瞳に涙をため大あくびをした。
「姫! 何ですかその態度は!? 話は聞いてたんでしょうね!」
アレクが険しい目でにらみ注意する。
姫だからといって、甘やかすわけにはいかない。
それが今、姫の一番身近にいる自分の役目だとアレクは思っていた。
「はいはい。聞いてますよ~」
生返事をしながら、ぷーっと頬を膨らますアンジェリナ。
普通の謁見では、アンジェリナもこんな態度は取らないのだが、相手が元護衛騎士隊長ランドルクと言うこともありいささか気が緩んでいた。
「では、今までの話を言ってみてください……」
姫の前で、片膝を着いて報告をしていた元護衛騎士隊長のランドルク=現在のフェザーワース侯爵はジーッと上目遣いでアンジェリナを見つめた。
ランドルクは侯爵とは言え、他の領主と比べるとまだ歳若かった。
軽く癖のある茶色の髪に少し下がり気味の緑の目をした青年は、ランドルク・ミラン・フェザーワース。
現在二十五歳の彼だが、アンジェリナの護衛騎士をしていたときはまだ十代だった為、姫にとってランドルクは今でもちょっと口うるさい兄のような存在だった。
だから、いくらランドルクが他の領主を真似て、髭を蓄え威厳を出そうと試みたところで、アンジェリナにとっては何の意味もないことだった。
(いくら睨まれたって、恐くないよーだ!)
アンジェリナは、けろっとしている。
「フェザーワース領内にドラゴンが出て困ってるってことでしょ? ちゃんと聞いてるわよ」
胸を張って言うアンジェリナ。
「へぇ…ちゃんと聞いていたんですね」
感心するアレクに、ランドルクがぼそりと呟いた。
「……あまいぞ、アレク」
「どういう意味ですか?」
「まだまだ、姫のことを分かっていないと言うことだ」
ランドルクが、厳しい口調でアンジェリナを問い正した。
「姫、続きをおっしゃってください。大事なところが抜けてます」
「えっ!? そうなの? えっと、その……」
うろたえる姫。実は、睡魔に負けて前半部分しか聞いていなかったのをランドルクに見抜かれていたのだ。
「あん、負けたわ。ランドルクごめんなさい半分しか聞いてなかったわ」
「素直で結構」
ランドルクが頷く。
アレクはさすが元護衛騎士隊長とランドルクに感心しながら、アンジェリナに話の説明を加えた。
「そのドラゴンの対策に領騎士団と街の自警団で討伐に出たのですが、手の施しようが無かったそうです。そこでフェザーワース侯爵は、国の騎士団の派遣要請を願い出ているわけです」
「あっ、そう言うことなんだ」
「アンジェリナ姫、何卒お願いします」
ランドルクが仰々しく深く頭を下げた。
それをしっかり見守っていたアンジェリナは意味ありげに笑う。
「えー、どうしよっかなぁ~」
「姫!? それはあんまりでは?」
アレクが驚く。この状況でそんなに軽い返事をするなんて、アンジェリナ姫がことの重大さを本当に分かっているのか心配になった。
ランドルクは彼女の答えが分かっていたように『やっぱりなぁ……』とぼそりとつぶやく。
「あれって、遠征すると騎士に月給の他に特別手当も出さないといけないのよねぇ…」
アンジェリナは、ブツブツと遠征にかかる費用を計算し出した。
「お金の問題ではないかと思いますが……」
「アレク、何言ってるの。お金の問題よ。財政の終わりが国家の終わりってね!」
「そ、それはそうなんですが……」
長年、姫の護衛騎士をしていたランドルクのように、暴走するアンジェリナを止める手立てをアレクはまだ持ち合わせていない。
「やっぱり、駄目! お父さんも魔女退治に行ったまま帰ってこないし、お金ないよ。
何とか低予算で解決したいなぁ。ドラゴンてそんなにすごいの? 火蜥蜴のサラのちょっと大きいのでしょ?」
姫は、謁見の間の隅でおとなしく欠伸をするペットの火蜥蜴を指さした。
『スケールが全然違います!!』
アレクとランドルクの声が重なる。
「怒っちゃ、いやぁーん」
アンジェリナの嘘泣きに、アレクとランドルクは顔を見合わせ天を仰いだ。
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