陸・地主・綱

雪が降る中お昼を買いに来たら、太巻きがずらりと並んでいた。

手作りらしい鬼のポップが飾られている。

なるほど。今日は節分だったか。

せっかくなので美味そうだった海鮮太巻を二本買った。


帰り道、大声で泣く子供の声が聞こえた。

近所の神社の方だ。

心配になって、声の方に向かう。

少し早足。ただし雪で滑らないよう一歩一歩踏みしめて。

短い石段を登って、社の方を見た。

赤鬼がいた。子鬼だ。


鬼を見るのは久しぶりなので一度は目を疑った。

しかし間違いない。子鬼がいる。


あたりに人がいないのを確かめて、子鬼に駆け寄った。

「ねえ君」

子鬼は泣きじゃくったままだ。

「ねえ」

肩を叩くと、子鬼はびっくりしたような声を上げて泣き止んだ。

子鬼は、俺に姿が見えていることが不思議なようだった。

「まあ、驚くよな。俺は鬼が見えるんだ。渡辺だから」

渡辺と言った瞬間、子鬼の顔が一瞬で青ざめた。赤鬼なのに。

「待て待て待て、俺は別に鬼退治しようなんて思っちゃいない。そう怯えるな。これ食いながらでいいから話を聞け」

さっき買った太巻きを一本、子鬼に渡す。

子鬼がそれにかぶりついたのを見て、俺は説明を始めた。

詳しくは知らないが平安時代に渡辺綱って人が鬼退治をしたらしい。

退治したからには綱さんにも鬼が見えていたんだろう。たぶん。

それで、俺も鬼が見える。

ここまで説明した頃には、子鬼もだいぶ落ち着いたようだった。

「じゃあ次は俺が質問していいか?」

太巻きを頬張りながら、子鬼は頷いた。

「なんでここにいる?迷子か?」

そう、鬼を見るのが久しぶりなのは、別に鬼を見る力が弱まったとかでは無い。

うちは地主で、この辺一帯は渡辺の土地なのだ。

大人の鬼はそれを知ってるから、うちの近所には寄ってこない。

何年か前、隣町で会った鬼にそう聞いた。

退治されるから、というよりはもうある種の伝統文化としてらしいが。

迷子か?という俺の問いに、子鬼は首肯した。

「まーとりあえず、お前の知り合いの鬼が見つかるまでは付き合ってやるよ」

そう言うと、子鬼はあからさまに嬉しそうな顔をした。

ちょうど太巻きも食べ終わったらしい。

「じゃあ、行くか。ちゃんと着いてこいよ」

「うん!」

日本語喋れたんかい。まあ太巻き食いながらは話せないよな。


他の人からは子鬼は見えないから、俺が話す時は目立つように片耳だけイヤホンをしてスマホを持つ。歩きスマホになるが、まあこうでもしないと虚空に話す変な人だからな。

景色に見覚えはないか子鬼に聞きながら町内をうろつきまわる。

うちの土地の外側をぐるっと一周すれば、どこかには心配した子鬼の親あたりがいるんじゃないかという予想だ。


三〇分ぐらい歩いたか。

隣町との境界上に、大きな赤鬼がいた。どうも父親らしかった。

よく見たら、何年か前に会ったあの鬼だった。

「この度はうちの息子が本当にご迷惑を……」

「ああ、いえいえ……」

簡単な社交辞令を交わして、子鬼を引き渡す。


「ありがとう!」

別れ際、満面の笑みで子鬼が言った。

気づけば、雪は止んでいた。

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