3話・帰り道で……。(前編)

「「「「「お疲れ様でしたー!」」」」」

 お芝居ができていく様を、初めて見た。

 なんとなくこう、劇の最初から最後へ順番に作り上げていくものだと思っていたけれど、その時やるべきシーンを演出の人が決めているようだった。

耀ひかりちゃん、見てくれてありがとうね」

「いえいえ。こちらこそありがとう」

 今日は放課後、柚子ゆずの誘いで演劇部の稽古を見学していた。

 4月末の新入生歓迎公演に向けて、日々励んでいるらしい。入部希望と思しき生徒の姿もチラホラ見える。

「この後部室で終礼があるんだけど、もし待っててもらえるなら一緒に帰らない? 急いでたら全然いいんだけど……」

「んーん。待ってるよ」

「やった! すぐ終わらせるから!」

 舞台があるホールも、部室も、当たり前だけど使用できる時間は決まっていて。

 部員たちはギリギリまで稽古をするために、テキパキと片付けを進めていく。準備の時もそうだったけど、さながら何かしらの精鋭部隊みたいに、己がやるべきことを己で常に探して動いていた。

 やがて機材や暗幕、小道具大道具などを撤収させてホールが元通りの状態になると、各員は颯爽と部室へ移動を始める。他の見学者も終礼に参加するそうで、私は群れからはぐれ一人、校門に向かい柚子を待った。

 見学するまで「演劇部か〜無理だろうな〜」と思っていたけれど、今となっては「絶対無理」だと確信している。

 みんなが当たり前のように持ち合わせていた、が私には致命的に欠如している。目の前のことでいっぱいいっぱいになって、間違いなく迷惑をかけてしまうだろう。

 それにやっぱり、みんなで一つのものを作り上げるよりも、一対一で勝負したいという気持ちもある。

 誰にも迷惑をかけず、勝利も敗北も全責任を自分で背負うものがいい。

「……」

 思考を巡らせていると、勝手に逃げ出したくせにまだこんなにも未練があったのかと驚いた。

 けれど再びテニスを始めれば、また久穏に負けっぱなしだ。それが——怖い。こんなに大好きなもので否定され続けたら、きっと心が壊れてしまう。

「耀ちゃんっお待たせ!」

 小走りの足音が近づいてきて、振り返ると同時に柚子がすぐ目の前に到着した。

「行こっか」

 そして、するりと自然に、私の右手に絡ませてきた柚子の手指は、じんわりと温かくて、しっとりと柔らかい。

 同時に自分の硬い手のひらを思い返して恥ずかしくなった。後3年放置していれば、私も彼女みたいになれるだろうか。

「どうだった? 演劇部」

「すごかったよ、いろいろ」

「具体的に」

 意地悪な笑みを浮かべながら、柚子は握る手の力を入れたり抜いたり。なんだか浮かれているようだった。

「みんな、たくさん汗かいてたのが意外だった」

「あー、想像よりもハードってのあるかも。文化系運動部って言われてるし。あと照明が暑いんだよね〜」

「それとやっぱ台詞覚えるのってすごいね。動きとかも。細かく決められてて、ちゃんと全部に意味があって……」

「そこは演出次第のところもあるけど、初心者であればあるほど、そういう基礎はしっかりやると思う。うちは高校から演劇始めた部員が大半だからね」

 あれで初心者集団だったの!? ダメだ……ますます遠い場所に感じる。

「今年はベスト4目指せますね!」

 突然、甲高い声が進行方向から響いた。

「ね! 今年は二年が超強いし!!」

 どうやら前の集団の歩くペースが遅くて追いついたらしい。五、六人の女子高生集団で、みんな私達と同じ制服を纏っている。

「で、どう、耀ちゃん。演劇部に入ってみる気になった?」

「あー……うーん……」

 遂にその質問が投げかけられ、どう断ろうか呻きながら逡巡していると——

「っ」

 ——前の集団の最後尾にいた、見覚えのある後ろ姿が、私の声に反応したようにピクンと跳ねてから機敏に振り返った。

「「あっ」」

「……耀?」

 久穏はまず私を見て、次に柚子に見て、それから繋がれている手と手を見て——そのまま、瞳を大きく開いて停止した。

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