第3話
それから何年も経った。
見習い職人だったあなたは、ついに一人前として認められた。
見習い期間を終えて、満を持して故郷へ帰るという。
ああ、行かないで。
いつまでも、ここにいて。
けれど、所詮は売れ残り。
人形型のオルゴール。
もの悲しいメロディに合わせて、首を捻るだけの簡単なカラクリ人形。
そんなわたしが何を言おうと、思おうと、事態は何も変わらない。
あなたが親方に認められるまでの時間、流れ星は一度も夜空を横切らなかったわ。
わたしの願いは、結局叶わなかった。
「もう、行くのか。寂しくなるな」
白髪交じりの親方は、寂しそうに微笑んだ。
「はい。僕も名残惜しいです……」
あなたはゆっくりと店内を回り、ひとつひとつのカラクリたちに海のような青い目を向けた。
それは、まるで挨拶みたい。
お別れの挨拶。
数年の時を、共に過ごした仲間への。
ついにわたしの番が来た。
初めて会ったとき、あなたはまだ幼さを残した、あどけない表情を浮かべていた。
その顔は緊張で強張り、目の中には期待と不安の入り混じったような色が、複雑な模様を描き出していた。
背だって、わたしの座る棚にも届かなかった。
でも今は。
その顔には、自信が漲り、青い目には、輝かしい未来が映っている。
ほんのわずかな淋しさを口元に浮かべ、けれど、あなたは迷わず前へと進んでいく。
そういう決意が見て取れた。
海のような瞳が、微かに揺らいだ。
「そうだ。どれでも好きなのを持ってけ。餞別だ」
あなたは驚いたように親方を見て、目をぱちぱちさせた。
「本当ですか?」
「ああ、でも、高価なのはやめといてくれよ?」
親方は冗談交じりにそう言って、肩をすくませる。
「じゃあ……」
あなたはそう言って、再びわたしに目を向けた。
わたしの胸は高鳴った。
彼の腕がまっすぐわたしに伸びてくる。
ああ、神様。
けれど——あなたはわたしの横に座っていた青い小鳥のカラクリを少しだけ、わたしから離した。
呆気にとられるわたし。
熱くなりかけた胸の中に、冷たい風が吹き込んだようだった。
「親方、あの……」
わたしと小鳥の間に、隙間を空けたあなたは、親方を振り返る。
そして、おずおずと切り出した。
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