第2話
灯りの消えた店内は、あなたのいないカウンターは、とても静かで、つまらない。
早く朝になってほしい。
汚れた顔を袖で拭い、黒ずんだ指先で髪を撫でつける。
それで身なりを整えたつもりのあなたは、小さな椅子に座って、カウンターに頬杖をつく。
そうして、ドアのガラス越しに、往来する人間たちを眺めるの。
あなたの癖のある茶色い髪も、海みたいな瞳の色も、私の大好きなもの。
海なんて見たことはないけれど、空よりも深い青だと誰かが言っていたのを聞いた。
あなたの瞳の色はきっと海と似ているはずね。
時々、立ち上がって、わたしの前にも来てくれる。
そして、ごくたまに、その両腕を伸ばして、私をそっと抱き上げてくれるの。
この瞬間がたまらなく幸せ。
彼の温かな手に支えられ、眺める景色は格別よ。
いつもカチコチ煩い時計さんや、自分勝手に音を奏で出すオルゴールなんかを、みんな見下ろせるから。
「君は、よく傾いちゃうね。何でだろう?」
あなたは不思議そうに言いながら、わたしをもとの位置に座らせる。
長い巻き毛や、フリルのスカートの裾もちゃんと整えてくれる。
少しくすぐったいけれど、本当に幸せだわ。
あなたの青い瞳に、わたしだけが浮き上がる。
まるで、恋人みたいでしょう?
「よし、これでいい」
わたしがきちんと定位置に座ったのを確認すると、あなたは優し気に微笑むの。
その笑顔が何より好き。
あなたに触れられたあと数日は、ずっとあなたのぬくもりを思い出して、うっとり夢見心地でいられるの。
でも——しばらくすると、じりじりと胸を焦がすような想いが湧き上がってくる。
もっとあなたに近づきたい。
ずっと傍で寄り添いたい。
けれど、その後には、決まって、冷たい水を浴びせられたような、そんな悲しい気持ちになる。
わたしがどれほど望んだとしても、それは叶えられないから。
夜空を横切る流れ星が、願いを叶えてくれるんですって。
誰かが言っていたわ。
だから、閉店後は必ず窓辺に移動するの。
棚に並んだカラクリたちの前を慎重に歩いて。
出窓に辿り着いたら、カーテンを少しだけ開けて、隙間から夜空を仰ぐの。
ガラス越しだけれど、それなりに星は見えるわ。
昼間と打って変わって、静かな通りには、時折、お酒に酔った陽気な男たちが通り過ぎる。
人目があると動けない難儀な体だから、人間が通る時は緊張するの。
けれど、たいていの人間は、カラクリ店の窓なんて見ようとはしないし、運悪く見られたとしても、窓辺に人形が飾られていると思うだけよ。
わたしは熱心に夜空を見上げる。
流れ星が現れて、わたしの願いを叶えてくれる。
そんな日を夢見て。
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