声劇台本【男1:女1】「波のゆらぎに変わらぬ者と変わる者」
ユキムラ テン
【波のゆらぎに変わらぬ者と変わる者】
優士「...疲れた...後輩に致命的なミスを擦り付けられ、挙句のクビ...再就職も望み薄...か......」
律子「ねぇ!」
優士「...えっ...?」
律子「えっ?じゃないわよ!何してんのよ」
優士「こ...これから...死のうと...」
律子「なーんだ私と一緒か、私もここで死のうと思ってるの!ここ、崖は急だけど波打つ音は静かだし何より絶景じゃない?」
優士「...はぁ...」
律子「呼び止めちゃってごめんなさいね、さっ!順番待ちよ!ちゃっちゃと飛んじゃって」
優士「........」
律子「あっもしかして見られてると気まずい?それとも怖くなっちゃった?」
優士「そういう...わけでは...」
律子「何よはっきりしないわね、分かった!じゃあ私が押してあげる!」
-----律子が優士の背中を押そうとする-----
優士「...!ちょっ...ちょっと...!」
律子「やっぱり死ぬのが怖いんじゃない」
優士「っ...だからそういうわけではなくて!!」
律子「ちゃんとはっきりものが言えるじゃない!さっきのナヨナヨした態度よりこっちの方が良いわ」
優士「.......日を改めます...お先にどうぞ...では、僕はこれで...」
-----優士が背を向けて去ろうと帰路に歩み進める-----
律子「ふーん...ねぇ!気が変わったわ!ちょっと付き合ってよ」
優士「....えっ...?(少し驚いた顔で振り返る)」
律子「だって今日死ぬのやめたんでしょう?だったら今日はまだ時間あるわよね?ほら隣、座りなさいよ」
優士「(小声) 勝手な人だな...」
律子「何?遠くて聞こえないのよ!と・な・り!座りなさいよ!じゃないと毎日貴方の邪魔しに来るわよ!」
優士「...はぁ...」
-----言われた通り律子の隣に座る優士-----
律子「ふふっ私の隣にタダで座れるなんて普通じゃありえないんだからね感謝しなさい!」
優士「.....自分に...自信があるんですね...」
律子「そりゃそうよ!私、ラウンジでは人気のラウンジ嬢だったのよ?実績は自信に、自信はさらなる実績に繋がるの、そんなの高みを目指すしかないじゃない!」
優士「実績は自信...自信はさらなる実績...僕には無いことです...」
律子「見つかっていないだけよ、本当に可能性が無い人なんて私は見たことがないわ、自分に対しても貴方に対しても、ね?って死のうとしてる人に言っても仕方ないか!」
優士「なら...どうして死のうと...」
律子「人を殺したからよ」
優士「え...えっ?」
律子「珍しい事でもないでしょう?殺人犯なんて毎日のようにそこら中にいるじゃない」
優士「いや...」
律子「あらら、私のことまで怖くなっちゃったかしら」
優士「いえ...別に...」
律子「自分で死んでも殺されても一緒だものね、私も店のオーナーを殺す前にパワハラを償ってくれさえすれば殺さずに済んだのに...」
優士「(この人...罪滅ぼしで死のうとしているのか...)」
律子「あっ!罪滅ぼしで死のうとしてるって思ったでしょう!違うわ!ただ人殺しが行く場所なんて刑務所かあの世くらいじゃない、刑務所なんて嫌だもの」
優士「.........そうですか...」
律子「言ったでしょう?ラウンジ嬢をしていたって、人の表情を読み取るのは得意なの言わなくても分かるわ!」
優士「僕は...貴女が分かりません...」
律子「あら!こんなに話ているのに?反応もそうだけれどここまで鈍い人は初めてだわ貴方、彼女いたことないでしょ」
優士「(ムッとしたように)...ただ人を殺しておいて自分だけ逃げようとしている人だということは分かります」
律子「ふふっ」
優士「何ですか」
律子「(少し笑いながら) 背中を押そうとした時にも思ったけど貴方ってムッとしやすいのね」
優士「...ムッとしやすい...」
律子「気付かなかったの?」
優士「まぁ...自分のことなんて...気にした事もありませんし...」
律子「ひねくれた回答をどーも」
優士「図星を突かれれば誰だって腹が立ちます...」
律子「図星...ねぇ...自分の事分かってるじゃない!」
優士「はぁ......」
律子「そんなムッとしやすい貴方はどうして死のうとしてるのかしら?」
優士「.......仕事を...クビになって...」
律子「それだけ?」
優士「それだけって.......」
律子「再就職すればいいじゃない!人を殺した訳でもないんだしなんだかんだ貴方良い人そうだし?」
優士「後輩が犯した致命的なミスを丸ごと擦り付けられてクビになったので...傍から見れば出来損ないです...再就職に望みなんて...」
律子「自分が悪いわけじゃないんでしょう?戦わなかったの?」
優士「全員後輩の味方の状況で戦うなんて僕には...」
律子「呆れた...良い人そうだとは言ったけど良い人もここまで来ると哀れだわ」
優士「哀れでいいですよ...」
律子「言ってやればよかったじゃない!『罪を擦り付けておいて自分だけ逃げようとしている後輩です!』って!」
優士「また貴女は煽るようなことを...」
律子「貴方がムッとしやすいだけよ!貴方がそれで死んでやるーって気になってるのも納得だわ!でも自分で死ぬなら最後にスカッとすることして終わるものよ!」
優士「...はぁ...じゃあ貴女は自首してください」
律子「何?急じゃない!」
優士「急でもないですよ...目の前の殺人犯に自首を促して刑務所に入ってもらう...スカッとするじゃないですか」
律子「殺人犯を自首へと促した世間のヒーローってことね、何だそんな欲もあるんじゃない貴方」
優士「(自分だってどうしてこんな事を言ったのか分からない...この人の言うことに流されてしまっているだけかもしれないけど...)」
律子「ヒーローに退治されるってわけね...」
優士「別に...死ぬって言うなら止める義理もないですけど...」
律子「分かった!気が変わったわ!」
優士「...え?...」
律子「乗ってあげる!罪を償う気なんてさらさらないけど貴方みたいなこと言う人きっともう出会わないわ!思い出に刑務所に入ってあげる」
優士「...思い出にって...そんな突飛な...」
律子「その代わり私が出てくるまで待ってなさい!思いっきり文句言ってやる!これは貴方をヒーローにする代わりに私がスカッとして死ぬためよ!」
優士「...嫌がらせじゃないですか...」
律子「そうね、嫌がらせ!じゃ!気が変わる前に行ってあげるわ!その前に名前くらい教えてよヒーロー、私は桜井律子」
優士「梅原...優士です...」
律子「優士、ね!覚えておくわ!じゃ、またね!優士!」
-----その場を去る律子-----
優士「(...はぁ...答えは変わらない...だけど少し良い気分だ)」
-----しばらく経ち律子が自首した速報が優士のスマホに流れる-----
〈スマホの通知音〉
優士「『桜井律子容疑者、殺害を認め、自首による逮捕』...か...別れて1時間程度...ネット記事になるまでって案外早いんだな...........なるほど、これがスカッとしたということかもな...心地良く終われそうだ...これは僕からの嫌がらせです律子さん」
律子「(自首をして刑務所に入った私は数日後、ニュースで優士があの場所から飛び降りて死んだことを知った)」
律子「......ほんと、ムッとしやすいんだから...嫌がらせのつもりね?分かったわよ、生き抜いてからそっちに行ってあげるわ...気が変わらなければね!」
声劇台本【男1:女1】「波のゆらぎに変わらぬ者と変わる者」 ユキムラ テン @yukimuraten
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