第6話 さわやかな朝に 美登里

 次の朝、美登里は朝早く目が覚めた。時間は六時前。斜め向かいの部屋、裕美ひろみの部屋のドアが開く音が聞こえた気がした。部屋から飛び出す美登里。

 向かいの部屋の知らないおじさんがドアを開けた音だった。そのおじさんは昨日のことを知っていた。あの野次馬たちの中にいた人なのだろう。

「おはようさん。昨日は大変やったなあ」

「おはようございます」

 そのおじさんはエレベーターの方に歩いて行った。裕美の部屋のドアは閉まったままだった。『もう、出て行ってしまったのだろうか?』美登里は、どうしても彼女に会いたかった。


 昨日の夜、裕美が美登里を助けてくれた時、初めて感じた。自分のことをわかってくれる人……美登里は小さい頃から、霊とか、そういうものに敏感だった。このことを人には、あまり言ったことはなかったが、自分には見えることがわかっていた。そして、自分が見えているものが、他の人に見えていないこともわかっていた。

 見えるから怖い。怖いが、オカルト的なこと、ホラー的なことから離れられない。危ないとわかっていても心霊スポットに行ってみるのも好きだった。

 そういう場所に行ったことも何度となくあった。一緒に行った人たちは、そういう場所に行ったとき「こわい。何かいる」とか「今、何か聞こえた」などと言うが、本当に見え、聞こえる彼女からすると『ここには何もいないよ』とか『今のはただの物音だよ』と思うことばかりだった。

 本当にわかって共感してくれる人に出会ったのは裕美が初めてだった。裕美は美登里のことを『変わった子』扱いをしない。理解してくれる。だから、もう一度会いたかった。


「素敵な人だったね」

明美が言う。

「もう行っちゃったかな……」

少し寂しそうに言う美登里。

「……」

首を傾げる明美。


 朝食はホテルのレストランで食べることにしていた。七時過ぎにレストランに下りていった。四人で食べていると、裕美が一緒にいた男性とレストランに入ってきた。

「あ、裕美さん」

裕美も彼女に気が付いた。裕美が笑顔で声をかけてくれた。

「おはよう。眠れた?」

「おはようございます。昨日はありがとうございました」

明美も安住、正男もお礼を言う。


「あのぉ、裕美さん、不躾ぶしつけとは思いますが、私と連絡先を交換してくれませんか? 初めて……私、初めて、私を理解してくれる人に会えたんです。今まで誰も私のことを理解してくれなかった……」

そこまで早口で言って、下を向く美登里、

「だめですよね……」

と寂しそうに言う美登里。


「いいよ」

「え」

「スマホ持ってる?」

裕美は美登里と電話番号、LINEを交換してくれた。


「ありがとうございます」

「いつでも連絡してくれていいからね」

そう言って、二人は美登里たちの近くの席で朝食を食べ始めた。裕美と一緒にいた男性が美登里たちに声を掛けた。

「ところで、皆さんはどちらから?」

「京都です」

明美が応える。

「へえ、いいところですね。僕も何度か行ったことがある」

他愛もない会話をする。安住が何気なく聞く。

「九州へは急に行くことになったんですか?」

「ええ、まあ」

「お仕事ですか?」

「まあ、そんなところです」

「大変ですね」

 そんな少しのやり取りの後、美登里たちも裕美たちも食事を終え、一緒に部屋まで帰った。

 部屋の前で裕美が美登里に声を掛ける。

「それじゃあ、私たちは、もうすぐホテルを出るから……元気でね」

「連絡してもいいんですね」

「連絡はいつしてくれてもいいよ。今度は美登里ちゃんが私たちを助けてね」

「助けるなんて、そんな」

裕美は美登里に微笑みかけて部屋に入った。


 その後、裕美たちに会うことはなかった。美登里たちが部屋を出るとき、裕美たちが泊まっていた部屋のドアを見ると、ほかの部屋と変わらず静かにドアは閉じていた。しかし、その閉じられたドアは彼女たちが旅立ったのを教えてくれている気がした。

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