第5話 霊が現れたとき 裕美

「今日は疲れたな」

安住が正男に言う。

「疲れましたね」

「後で明美と美登里の部屋に遊びに行こうか」

「行きましょう」

 少し部屋を片付け、シャワーを浴びたあと、スマホで連絡を取る。飲み物とお菓子を持って明美と美登里の部屋に向かう。彼女たちも入浴は済ませていたようでラフな格好をしていた。飲み物とお菓子を食べながら、せっかく東京に来たのだから、支部をいくつか見たら、東京で少し遊んで行こうなどと他愛もない話をした。

 そうは言いても、やはり今日は疲れていた。少し早めに寝ようということになり安住と正男は部屋に帰った。


 少しして、明美からスマホがかかってきた。

「どうしたの?」

「ちょっと部屋が変なの」

「ええ? お化けでも出たの?」

「ちょっと……そんな感じ……」

正男が安住に聞く。

「どうしたんです」

「なんか、おかしいらしい」

まだ、この時点では二人とも半信半疑だった。しかし、明美の性格からして、一旦、自分たちが部屋に帰った後、冗談で幽霊が出たなどと言って、二人を呼び出すような女性ではないと思えた。二人は顔を見合わせた。

 とりあえず行ってみようと隣の部屋に行く。明美がドアを開けてくれた。

「どうしたの?」

「ちょっと、わからないけど。なんかおかしいの」

「ええ? 何が?」

明美も冷静を保とうとしているが、少しパニック気味になっている。

「テレビのスイッチ切っても、すぐついたり、急にお風呂のお湯が出たり……美登里が変なこと言うけど、それも嘘とも思えなくて気味が悪いのよ」

美登里の方を見ると、何かにおびえている。

「どうしたの? 美登里ちゃん」

正男が声をかけるが、いつもの人をからかうような彼女とは、まったく違う。明らかに怖がっている。

「そこ正男君の後ろにいる」

「え? なにが?」

正男が振り返った瞬間、正男の後ろにあったクローゼットの扉がゆっくり開いた。

「うわぁ。なにこれ」

気持ちが悪い。霊感のない正男にも、これは確かに何かが部屋にいるというのがわかった。

「エレベーターで美登里が出るって言ってたのは、これだったのか? しかも、この部屋かよ」

安住にも少し焦りが見える。

 部屋のドアを開けたままだった。前の廊下を通ろうとしていた人も、『何かあったのか?』という感じで部屋をのぞき込もうとしたりして廊下も騒がしくなった。通りがかりの人が何人か集まり、向かいの部屋の男性も出てきた。

「どうかしたんですか?」

「ちょっと恥ずかしいことというか、私たちにもわからないのですが……この部屋変なんです」


向かいの部屋にいた女性が颯爽さっそうと出てきた。


「だいぶ人が集まってきているようだけど『この人』じゃなくて『この部屋変なんです』なのね。ちょっと部屋に入ってもいいかしら」


 入浴を済ませた後なのか、髪を頭のてっぺんにまとめていた。何か大きなカエルのイラストがプリントされた変なトレーナーを着ている。変なトレーナーに薄いグレーのスウェットパンツ。服装は変だが、香水なのだろうか、いい香りがする。そして、近くで見ると一段と綺麗な女性だというのがわかった。


 部屋に入ると、その女性はおびえる美登里の前に立った。震えながら後ろで見ている美登里と同じところに視線を走らせる。

 他の者には見えてないが、この女性……美登里と同じものが見えているのがわかった。


「女性の霊……白いワンピースを着てる」

美登里がうなずく。

「大丈夫。私にも見えてるから」


 その女性は美登里を優しく抱いた。そして何かつぶやいたかと思うと、美登里が見ていた方を人差し指と中指の二本の指で指差した。

 その瞬間、そこに居合わせた全員の目に、ワンピースを着て手首から血を流している女性の霊が見えた。

「キャーーーー」

「うわぁーーーー」

その場は騒然となった。


彼女はもう一度何かをつぶやき二本の指で中空に八の字を描くようにしたかと思うと、

「あなたの世界に帰りなさい」

と言って、水平に空を切った。皆の目に見えていたその霊は霧が消えるように消えていった。


「もう大丈夫よ」

その女性は、もう一度、強く美登里を抱きしめた。震えていた美登里も段々落ち着き呼吸が整ってきた。

「怖かったね。もう大丈夫だから」

うなずく美登里。

「でも、ちょっとここはいやかもしれないから。お友達の彼たち部屋に泊めてもらったら。あなたも……」

そういって、明美の方を見た。

そして、安住と正男の方を見る。安住と正男がうなずく。


その女性は、

「もう大丈夫なんだけど、ちょっと気持ち悪いかもしれないから……私、もう少しここにいてあげるから、あなたたちが荷物まとめる間……いてあげるから」


「あなたの部屋に行っちゃだめですか?」

美登里が言う。女性は美登里に微笑み、

「私のこと好きになってくれるのは嬉しいし。お友達になるのもいいけど。私たち明日の朝早いのよ。九州に行かなきゃいけないから……」

美登里と正男が笑う。

「あ、笑顔が戻った。よかった。よかった」

「あのぉ……お名前おしえて頂けませんか?」

「ああ……ごめんなさい。あんまり知らない人に名前言わないようにしてるんだ……なんか、気味悪がられたりするから……」


少し悲しそうな顔をする美登里。


少し困った顔をする、その女性。


「ああ……裕美ひろみ裕美ひろみだから……」

「私は美登里です」

「そう、美登里ちゃん。また、いつか会えるといいね」

そう言って、裕美ひろみは明美と美登里が部屋を片付けて安住たちの部屋に行くまでそばにいてくれた。


そこへホテルの支配人らしき人が駆け付けた。

「すみません。ご迷惑をおかけしました」

明美と美登里に謝っていた。

「あ、あなたがここを……」

裕美ひろみの方を向いて言う。

「ええ……もう大丈夫ですから、この部屋……」


美登里と明美は部屋を移る準備ができたようだ。

裕美ひろみも自分の部屋に帰ろうとした。振り返ると美登里と明美の二人と目が合った。裕美ひろみは微笑んで手を振った。

「おやすみなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る