スナック竜宮城(現代版浦島太郎)
土城宇都
スナック竜宮城へようこそ!
バーのカウンターに座っていると、横に一人の男が座った。その男にとても親近感が湧いたので、酒のつまみに面白い話をしてやることにした。
「つい最近、いや、数十年も前の事だ。とても不思議な体験をした。いつものように釣り竿を持って、釣りのスポットを探していると、何やら砂浜にしゃがみ、盛り上がっている子ども達がいたので覗いてみた。すると、三匹の亀の頭にヒモをかけて、石を引かせている。どうやら亀でレースをしているらしい。レースするのは一向に構わないが、石をひかせていることに、これは大人として一言いってやらねばならんと思った私は、「君たち生き物を大切にしない奴はろくな大人にならないぞ、解放してあげなさい」と声をかけた。子どもに話しかけるのは久しぶりだったので、なるべく威圧感のないように言ったが、子ども達は此方を一瞥し、またレースを再開させた。
ちょっと優し過ぎたかな?と自分を宥めていると、子ども達はコソコソと話し始めた。三人の内の代表一人がこちらへ来ると、「おじさん亀持ってる?」と聞いてきた。流石に持っている訳がないので、「持っていない」と言うと、また三人で話し合い、戻ってくると「自分の亀がレースで勝てたら、負けた亀を貰えるルールなんだよね。でも持ってないんだったら参加できないんだけど。僕たちだって捕まえるの大変だったから。」
別に欲しいとは一言も言ってないのだが、そこら辺は子どもらしいというか、話が噛み合わないというか。
「だからさ、一位の亀当てられたら亀をあげるよ。一回500円ね」
訂正しよう。こいつらは本当に子どもか?今の子どもはこんな遊びするのか?
「えー、でも賭け事はなぁ〜」渋ってみる。
「ふ〜ん。まぁ、いいけど。じゃあね」
と軽快に走り出そうとする少年を止めるかどうかを一瞬迷ったが、賭けをするんじゃなくて、500円で亀を買ったと思えばいいと、最終的に自分を納得させた。
「分かった分かった。参加するって。でも石を引かせるのは止めような?」
「いや、それじゃあ、賭けにならないじゃん。引かせる石の大きさで、個体差をなるべく近づけているんだからさ。」
残酷すぎない?そして、賭けならないとか言っちゃてるよこの子。さっきまで普通のレースしてたのに。
「一発で当ててやるよ。おすすめは?」
「一番はデカいからスピードはない分、持久力があるよ。二番は良くも悪くも普通。三番は小柄でスピードあるけど、だいたい真っ直ぐは進まない。」
なるほど、これよく見たらウミガメじゃなくて、ペットとしてよく飼われている外来種のアカミミガメだな。いや、集中力しろ、今は関係ない情報は考えるな!
「おじさん!おーじさん?」
「なんだよ、今考えてるだろ?」
少年の手が目の前にそっと出された。あーはいはい。お金ですね。
「ほらよ500円」
「まいど!」
「よし、一番のでかい亀に決めた」
「ガメラかぁ〜、お兄さん目の付け所がいいね!さぁ、レースの準備を!」
残りの二人の子どもが、三匹を並べると砂浜に線を引き始めた。今気づいたが、お金払った後からお兄さんと呼ぶようになったあたり、このガキンチョかなり、いけすかない。
「さぁ、始まりました、記念すべきカメレース第十回。よーい、スタート!!!!」
「………いや、おっそ」
そこからのレース展開は熾烈を極めた。最初に動き出したのはスピード型の三番。次いで、ノーマル型の二番、そして本命のガメラ。スピード型がそのままゴールするかと思われたが、少年の情報通り、ゴールに向かって斜めに進むため思ったより差がつかない。ノーマル型は勢い乗り出すと止まるを繰り返し、いまいち進まない。そして持久型のガメラは全然止まらないが、歩くのがとにかく遅かった。そして、レースへの熱が完全に冷め切った頃、ガメラはぬるっとゴールに到達した。
「本当に一発で当てるなんてお兄さん凄いねぇ。約束通り、ガメラはあげるよ。」
「いや、亀は別にくれなくてもいい。でも石つけてレースはやめなよ?」
「分かったって、でも友人の印に亀は貰っていってよ」
そう言い残し少年達は、そそくさと帰ってしまった。砂浜に亀一匹と自分が取り残される。こんなでかい亀を家で飼えるだろうか。持ち上げると、亀の腹の模様が変だということに気づいた。
「なんだこれ、地図?みたいな模様だな」
何を血迷ったか分からないが、すぐさま携帯で地図アプリを開き、拡大と縮小を繰り返すと似たような形の路地を見つけた。見比べると亀の模様に赤い斑点が一箇所目立つようについている。地図によると近所だ。気持ちが高鳴っていた。そのままその足で向かう。亀を持ったまま街を歩く自分が時折りガラスに写り、その度に何をしているんだろと我にかえったが、狭い路地の向こうにネオンの看板で、スナック竜宮城と書かれているのを見つけた時は、そんなことはすっかり忘れて走り出していた。 中に入ると軽快な音楽と共にひんやりとした冷気が迎えてくれた。店内はガラガラだが、雰囲気は悪くない。照明は本物の海月がぶら下がっていると錯覚するほどリアルで、椅子は珊瑚で拵えたようにみえる。カウンターの奥に人の気配がしたので呼びかけると、ドタバタと慌てて出てきた。
「わー、久しぶりのお客さん。このスナックのママのおとひめと申します。」
時が止まったかと思うほど、彼女は妖艶だった。薄水色の着物に桜色の帯。髪は水を含んだように艶やかで、珊瑚の髪飾りは美しかったが、それですら彼女を彩る装飾に過ぎなかった。
「え、ああ、浦島です。」
「ささっ、どうぞお座りになって、疲れたでしょう」
「はい、あ、あの飲食店に亀はまずいですよね?」
と両手に握っている亀に視線を落とす。
「あっー、亀ちゃん!良かったぁ。この子店から逃げ出しちゃって、探してたんです。」
「え、おとひめさんのペットだったんですか?」
「そうなんです!目を離すとすぐいなくなっちゃいまして。何かお酒でも飲みますか?お代は結構です」
「え、じゃあ何か頼もうかな、海水サワーで」
それにしても、こんな雰囲気のいい店なのに客がいないのはどういう訳か、おとひめさんに聞いてみると、優しい人しか来れませんので、と意味不明な返答をされた。客がいない理由を聞くなど、流石に失礼なことをしてしまった。出てきた水色のグラスの底には白い貝殻が沈んでいて、シュワシュワと泡が上がってくる様子はまさに海の雄大さを表していた。
「いやぁ。海水サワー美味しいですね。海の水が全部これだったら、十日で飲みきってしまいますよ。」
「ふふふ、浦島さんって面白いですね」
あぁ、ちょっと酔っ払ってきたかもしれない。
「スナックのママってもっと年配の方かと思ってました。こんな若くて綺麗な人だなんて。」
「そんな、浦島さんお世辞が上手ですね。私こう見えて六十代ですよ」
一気に酔いが覚めた。口の中に海水サワーを含んでいたら間違いなく吹き出していただろう。
「若さの秘訣って何です?」
「ひみつです」と可愛い声で返された。粘ってみたが、どうしても教えてくれなかった。
年齢は教えてくれるのに若さの秘訣は教えてくれないとは、普通は逆だろと思いつつメニューを開くと、おすすめ欄のウミガメのスープというのが目についた。
「このウミガメのスープを1つください」
「はい、ルールはご存知ですか?」
「えーと、食べ方とかマナーがあります?」
「あっ。違いますよ。ウミガメのスープは水平思考クイズで、出題者は最初にあるシチュエーションについて全体の一部分のみを伝えて、回答者は「はい」か「いいえ」で答えられる質問をしながら核心に迫っていくゲームなんです。
鋭い質問であればすぐに答えに辿りつくことができますが的外れなことを聞いてしまうといつまでも全体像が見えてきません。そこが面白いところです。」
「いや、ゲームは知ってるんですがメニューに書いてあったので、つい。先入観ですね。でもこのゲームは答えが突拍子もなさ過ぎて白けてしまうというか」
「スナックはママと話すことが醍醐味なんですよ?では問題です。亀を飼うことに興味がない男の人が、亀を拾い、持ったまま街を歩き回りました。何故でしょう?」
「もしかして、亀に石を引かせてレースしている子ども達がいて、その賭けに勝ち、譲り受けた亀の甲羅の腹に地図が書いてあったからですか?」
「あの…これすぐに答えるゲームではないのですが。ちなみにそんなことがあったんですか?」
「あー、酔ったみたいです。長居し過ぎました。もう帰ります。」
「そうですか、では一応説明するきまりですので、ドアにノブが三つ付いているのがわかりますか?
大きなドアノブを回して出ると、ここで過ごした記憶は消えてしまいますが、いずれもう一度来ることができましょう。
中ぐらいのドアノブを回して出るとここでの記憶は残りますが、もう二度とここへは辿り着けません。
小さいドアノブを回して出るとここで過ごした記憶残り、いずれもう一度来ることができますが、過ごした時間の十数倍の時間が外の世界で過ぎています。」
「はぁ、さっき変なこと言ったからジョーク返しですか?」
普通に考えたら、そんなことないはずだ。でも本当だったら?そんな気持ちにさせるほど今日は濃密な一日だった。私はドアノブを回してフラフラと外に出た。
スナック竜宮城(現代版浦島太郎) 土城宇都 @Satuka-Seimei
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