第9話

 転校先でもほどほどに頑張り、無事大学にも進学。縁あって、就職後はラジオのパーソナリティをさせてもらっている。

 もちろんカメラも続けており、時たまコンクールに出したりもしている。こちらは振るわない結果ばかりだが、ラジオの方は細々と番組を続けられる程度に評価されているようだ。


 祖父の認知症は悪化することなく、今でもしょっちゅう実家に帰っては、写真について語っている。ただ、寄る年には勝てないのか、自分で写真を撮る機会はめっきり減ったようだった。


 一度、愛媛から同窓会の案内が届いた。雅治まさはる達からも是非と連絡をもらったが、成人式を広島で出席した後ろめたさや、仕事の調整が難しかったことなどもあり、参加は叶わなかった。

 もちろん成人式は登録上仕方のないことで、仕事も無理をすればできないスケジュールではなかったのかもしれない。電車とバスを使えば、寝ている間に橋を越えて目的地に着く時代だ。冷静に考えれば言い訳にしかならない。

 本当の理由は、既読がついたままのメールにあったのかもしれない。





「ただいま」


 誰もいない部屋にそう告げると、買ってきた缶ビールに口をつける。ほろ苦い炭酸が喉を刺激し、やがて通り過ぎていく。

 壁にはたくさんの写真が並んでいた。祖父の血なのだろうか。規則正しく並んだその写真たちは、それぞれに思い出が詰まっている。

 その中でも一際目立つ少女の写真。人生で一番想い出が詰まっていて、一番好きな写真。


 ラジオの仕事を始めた頃は、正直言ってあまり楽しみを感じていなかった。写真に携わる仕事を希望していたが、現実はそう甘くない。縁を言い訳に始めたようなものだ。

 それでも、リスナーから日々送られてくる便りには、それぞれドラマがあるような気がして、情景を想像しているうちに楽しくなってきたのも事実だ。

 彼等、彼女等が心動いた、または動いている内容を知り、自分も体験した気になる。その一瞬に、寄り添い携わると言う意味では、あながち写真と無関係ではないのかもしれない。

 あるいは、自分の中で十分に消化しきれていない一瞬を、他人に重ね、紛らわせ、そして塗り替えてくれるのを待っているのかもしれない。


 そうなれば、あの時よりいい写真が撮れるのではないだろうか。

 それまでは、あの1枚を剥がせそうにないな。


 君は今、何をして、誰を想っているのだろうか。

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