第8話

「よう来てくれたね

 ゆっくりくつろぎんさい」


 所狭しと並んだ写真に、居心地の良さを感じる。歓迎する祖父からは、聞いていた認知症のかけらも感じない。

 両親は慌ただしく荷物を解き、生活の準備を進める。


「何も一緒に住むこともないじゃろうに

 えっととても心配性じゃのう」


 以前から祖父の認知症については聞いていた。それが最近酷くなってきて、一度警察のお世話にもなったらしい。それを聞いた両親は、祖父宅に同居することを決めた。父はリモートワーク主体、母は専業主婦であったため、愛媛を離れ両親の故郷広島へ移住することに障害はなかった。

 僕は卒業まで残ってもいいと言われたが、身寄りのない愛媛で1人暮らすことに不安がないわけではなかった。それに、祖父と毎日写真の話が出来ることが楽しみでもあった。なんならそのやりとりが、祖父の認知症改善に一役買うのではと、謎の使命感染みたものすら感じていた。


「この一枚はええねえ

 あれ、この子の写真がようけことあるのお」


 早速写真を見てもらった僕は、和水なごみの写真の多さに自分でも驚く。風景や友達に紛れて、というよりも、彼女の写真に紛れて風景などが、といった具合だった。

 笑った顔、膨れた顔、横顔、後ろ姿…

 その一枚一枚に覚えがある。記憶がある。想い出がある。


「大切な人の写真は綺麗に撮れるもんよ

 母ちゃんの写真も、ほれ」


 祖父の指差す先には、台所を背景に笑顔を見せる祖母の写真が、一際目立つ位置に貼られていた。

 祖母は昨年他界し、そこからしばらくして祖父の認知症が始まった。配偶者など、大切な人を失った老人が認知症を発症するのは、よくある事らしい。


「大切な人、かぁ…」


 僕にとって、彼女は間違いなくそうだった。だからこそ、失うのが怖くて、言えなかった。引っ越すことも、この気持ちも。

 もしもあの時伝えていたら、君は何と言っただろう。どんな表情を見せてくれただろう。

 君にとって僕は、どんな存在だったのだろう。

 和水なごみに宛てた謝罪のメールは、既読がついたままだった。

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