第7話

 「山田君、おはよう!」


 次の日も、僕たちの関係は何も変わらなかった。その次の日も、そのまた次の日も。

 僕の中に鮮明に焼き付けられた1枚は、君にとってどんな風に映っていたのだろうか。

 そんな1枚なんて無かった、と言わんばかりに、和水なごみは今まで通りだった。






「それから…

 今日はみんなに一つ、お知らせがある。」


 冬休みまであと3日。簡単な連絡事項の後、担任がそう切り出した。教室が静まる。


「今学期をもって、山田が転校する。

 家庭の事情だそうだ。」


 教室の視線が一斉に僕へ向けられる。

 彼女も他のクラスメイトに漏れず、とても驚いていた、と思う。

 この学校で知っていたのは、担任と雅治まさはるだけだった。

 和水なごみにだけは自分の口から伝えたい。そう思った僕は、2人に何かと理由をつけて黙ってもらっていた。結果的には、こうしてみんなと一緒に伝わってしまったけれど。


 その日は何だか後ろめたくて、学校が終わると逃げるように靴箱を飛び出した。沢山の想い出ができたこの道も、走り抜けてしまえばなんてことはない、たかだか100メートルほどの舗装された道。踏みしめるシャクッという音だけが、同じ道であることを教えてくれた。





 終業式を終えると、僕はクラスの1人1人と挨拶を交わした。雅治まさはるが言い出したこの苦行は、教室の入り口に立つ僕と、それぞれが挨拶をしてから帰ると言う、極めて需要の低い試みだった。

 あまり記憶のない人たちと社交的な挨拶を交わし、馬鹿話をした友とは抱き合った。雅治まさはるの番が来る頃には、これはこれでいい試みかもなとすら思えていた。


「最後だぞ、シャキッとしろよ」


 彼は僕の肩をポンッと叩き、教室を後にした。そこから何人かの女子を経て、最後に現れたのが和水なごみだった。

 あいつ…

 親友のお節介にモヤモヤしつつ、彼女の正面を向く。久々に見た彼女は、出会った頃のまま、愛嬌ある笑顔を僕に向けていた。


「いろいろ楽しかったよ、さよなら!」


 明るく告げた彼女が去って行く。


「待って…」


 彼女の腕を掴んでいたことに、僕は驚いた。

 2人だけの教室、2人だけの静寂。


「…僕も楽しかった、ありがとう。」


 彼女はニコッと笑って去って行った。今までに見たことのない笑顔で。

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