第4話

 和水なごみのポーズにつられるように、カメラを取り出した僕はファインダーを覗き、ピントを合わせる。

 彼女は恥じる様子もなく、レンズ越しに真っ直ぐ僕を見ていた。見つめ合ったような錯覚に、僕は思わず顔を上げる。


「もしかして、見惚れてしもた?」


 そのイタズラな笑顔に、鼓動が早まる。


「あっ…」


 突然吹き抜けた風に、通りに落ちてあった紙切れが宙を舞う。それを目で追う彼女の横顔に、僕は思わずシャッターを切った。





「最近どんな写真撮ったん?」


 すっかり夏の暑さが定着した頃。

 和水なごみとの関係にこれといった進展はなかった。強いていうなら、この駅までの短い距離を並んで歩く事が当たり前になったことくらい。

 学校では彼女のもとに人が集い、僕は雅治たちとそれを横目に馬鹿話をする。これまでとなんら変わりない日常。

 もちろん、僕は変わらずカメラを持ち歩いていたが、あの時の彼女の写真以上のものは撮れていなかった。

 これといった思い入れのない写真達を、彼女は一枚ずつ丁寧にめくって行く。そんな薄っぺらい写真に、君は何を思うのだろう。知りたいような、知りたくないような、不思議な思いが胸を締め付ける。


「ねぇ、またあたしを撮ってみん?」


 彼女の気まぐれは心臓に悪い。もちろん願ってもない提案だったのだが、その時僕は自分の心を見透かされたようで、彼女の目を見ることが出来なかった。

 ただ、本能がそうさせるように、返事も碌にしないままカメラを構えた。






 

 気付くと僕のカメラには、何枚もの和水なごみが収められていた。ピースサインを向けたもの、空を見上げる横顔、楽しそうに歩く後ろ姿。

 こんなにシャッターを切ったのはいつぶりだろうか。祖父の言葉がチラリとよぎる。

 緑の生い茂る並木道で様々な表情を見せる彼女に、僕は知らず知らずのうちに恋をしていた。


 それから数日後、家にかかってきた1本の電話が、気づいたばかりの恋に終わりを告げるなんて思っても見なかった。

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