第3話

「ねぇ、試しに撮ってみてや」


 彼女の気まぐれは、僕の心をいとも容易く動かした。


「いやいや、急に言われても…」


 はやる気持ちを必死に隠し、言葉をつなぐ。


「もう、和水なごみ、山田君困っとるやんか」


 クラスメイトが発した言葉は、本来ならば助け舟であるはずなのに、今の僕にとっては夢から醒めるおまじないでしかなかった。


「えー、ちょっとくらいいいやんかぁ」


 和水はわざとらしく頬を膨らませ、視線を僕とクラスメイトに往復させる。


「そんな上手くないし…」

「大丈夫よ!じゃあ放課後に靴箱で待ち合わせね!」


 僕の言葉を待たず、和水なごみは笑顔の華を咲かせる。やれやれと言わんばかりに首を振るクラスメイトに気まずさを感じたが、それを軽々と飲み込む高揚感に、思わず頬が緩む。


「おいおい、聞こえたぞお前ー」


 慌てて頬を引き締め、声のする方へ振り返る。

 ニヤニヤと悪い顔をした友に、できる限りの平静を装って答える。


「そんなんやないって

 気になるなら雅治まさはるも来たらええやん」


 相変わらずのにやけ顔で、部活、とだけ答える彼に、僕もわざとらしく首を振る。陸上部のエースである彼が、毎日部活動に励んでいるのはもちろん知っている。


「ついに太一たいちにも彼女出来るんかぁ」


 大袈裟に遠くを見つめる友を無視して、僕は密かに撮影場所を頭の中で探していた。

 中間テスト間近だというのに、その日の午後は授業どころではなかった。




「山田君遅い!」


 靴箱につくと、頬を膨らませた和水なごみが仁王立ちで待っていた。雅治まさはるがベラベラと話すから友達を撒くのが大変だった、とは言えず、ごめんと言いながら急いで上履きを脱ぐ。

 日も伸びてきた初夏の夕風は程よい冷たさで、僕の火照った頬を心地よく撫でてくれる。


「どこで撮ってもらおうかなぁ」


 歩き出す彼女の後を追いながら、ふと辺りを見回す。

 いない。一緒だと思っていたクラスメイト達が誰もいないのだ。


「1人で待っとったん?」


 夕風に負けじと全身が火照り始める。

 僕の問いが聞こえていないのか、彼女は緑を備え始めた銀杏並木を振り返ることなく進む。


「こことかどうやろ?」


 徐にベンチに腰掛け、彼女は頬杖をついたポーズを取った。

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