第7話
いとの眠りも一応は解決した翌日、誅とあかがねは適当に座りながら話をしていた。
酒も武器も揃えた。あとはカガチを退治すれば子供達を村に返せる。あとはいつ子供達を村に返せるかだ。
あかがねと子供達が共に生活するようになってからどれくらいの時間が流れたかしっかり数えてはいない。しかし、村の大人からすれば子供は皆もういないと思わせる時間は経っている。
「村に帰す時は神隠し……って事にしといてもらえばいいなぁ」
「んだな。して、なんとする。一度かやどこ村から出さねえば酒も飲ませられねね」
「それなんだよな…しかも子供たちの話じゃカガチが出てくるのは面倒な事に夜だ…さてどうする」
「……」
子供の誰かに協力してもらえば少しは簡単になるかもしれない。しかし、人間の子供を夜に危険な場所に連れ出すなんて事はしたくないというのが二人の共通している考えだ。相手がヘビならば自分たちより夜目が利くだろう。その時点で大分相手に後れを取る事は想像に難くない。
「あかがね、誅にいちゃん」
「弥太郎…は、いつもの事だが…今日はみつもいるのか」
「うん、ごめんなさい…かやちゃんの事って思ったら聞いちゃったの」
「あかがね、誅にいちゃん、俺らじゃ何にもできないのか?」
不安と畏れを隠しもしない顔で二人の子供は誅とあかがねに問う。それでも、子供の問いに二人はすぐに答えられそうになかった。
「すまねえ、弥太郎、みつ…少しだけ考えさせてくれるか?」
「少しってどれくらい?」
「今晩までに誅と話し合って決める。かやを助けるのはそれからだ」
「……」
「頼む。待っててくれないか?」
あかがねの緑の目にじっと見つめられた二人は少しだけ逡巡するように目線をさ迷わせたが、やがて一つ頷く。そんな二人に礼を言ったあかがねは再び誅と今後どうするか話し合うために子供に背を向けたのだった。
「したら……気はすすまねどもわらへがたさ協力してもらうのだが?」
「ああ。せめてかやを村の外に出す事を手伝ってもらう……多分そうしねえとあの二人は納得しねえ」
「そうか……」
話し合いの末、誅もあかがねもあまり気は進まないが弥太郎とみつの意思を尊重してかやを誘き出すのに二人に協力してもらう事になった。
「ところでよ、誅」
「ん?」
「昨日、俺が話してえって言った事覚えてるか?」
「そういや、んだったなぁ」
「まだよく分かってねえんだが、どうも腑に落ちねえ事があったんだ」
「何がよ?」
「カガチだ」
「それがなんかしたのか?」
「酒を調達しに行った時、ここらに住む
その時、山童はここら一帯を治めている道祖神ともいえる存在はヘビだと言った。そして二柱いたはずなのに片方がある時を境に急にどこかに消えたとも聞いている。
そしてその境目となった出来事は土砂崩れとも言っていたはずだ。
「かやさへってらのが道祖神だど?」
「それは分からねえが、可能性があるって話だ。山童は土地に憑く神だって言ってたが、もし祠にいた時に山が崩れてきたらどうする」
「……わぁが治めてる土地の災いだばうるだぐかもな」
あかがねがみつに付き合って祠に行った時、村を挟むように二つの祠があったのだが片方は土砂で流されてしまったと聞いた。その流された祠については、誅も弥太郎を案内役にして土砂崩れの場所を訪れた際に粉々になっているのを見たので疑いようがない。
「んだども、だどしてもなしてかやさ入ってら?」
「……弥太郎は黙ってたんだが、かやと一緒に土砂崩れに巻き込まれたそうだ」
「なにしたずば?!」
「弥太郎はちょっとしたケガ程度だったそうだが、かやが大きいケガをしたらしくてな。もしその場に自分の家を無くした道祖神がいたとしたら?」
「ゆってもよぉ、じょさねぐへられねはずだべ?」
「かやはその祠の前を通る度に手を合わせてたそうだ」
「はあ?へば繋がりはでぎで条件は揃ってだったってか」
「ああ、かやに道祖神が憑く条件は十二分に揃ってはいたんじゃねえか?」
「それにしたって、なしてわらしさわりごとするべな?」
誅の問いにあかがねは首を傾げる。あかがねが腑に落ちていない一番の理由はそこにある。祠を立て直せというのならば大人の夢枕に出た方が説得力がある。しかし子供達の話で共通しているのは、かやに憑いているヘビは夜な夜な子供の元にしか現れない。そして夢枕に立っても何かを伝えるでもなく、子供の体を舐めても食べる事もしない。かやに憑いているヘビの目的が予想すらつかない。だからこそあかがねは誅に相談してみたのだが、話の整理ができただけで疑問は解決されなかった。
疑問が解決されないと時間が過ぎ去るのは酷く早い。空には
「いいか。絶対ここから出るんじゃねえぞ」
子供だけで過ごす夜は見張りがいないと、とても危ない。食事も済ませて寝床に集まった子供にあかがねはしっかりと言い聞かせていた。誅は入口付近で守りの結界に綻びが無いか見て回っている。
「でも……やた兄とみっちゃんは……」
あかがねの言葉に頷いた子供達だが、弥太郎とみつには協力してもらうために連れていくと伝えると途端に不安そうな顔になった。そんな子供達を安心させるように笑ったあかがねは今にも泣きそうになっていたそのの前に屈んでその頭に手を置きながら約束をする。
「絶対無事に連れて帰ってくる。そしたらお前らも親父とお袋の所に帰れる。必ず返してやる」
「……うん」
「おい、ずんぐ行げる」
「わかった。弥太郎とみつもお守りは持ったか?」
「持った!」
「だ、大丈夫……!」
声をかけられてから、ぐすりと鼻を
人間は太陽と共に起き、眠る。しかし夜がこんなにも短いと感じたのはいつぶりだろうか。
(月の歩みを止められるものなどいやしないのに……なのに、それを望んでしまう……)
人間が皆寝息を立てているのが分かる。空気の振動は音よりも確実に周囲の様子を教えてくれる。かやはそっと起き上がると小屋の外に出た。欠けた月は、まるで空が自分を嘲笑っているようで好きではない。今宵もまた、怒りで我を忘れないようにこの人間の村の中を徘徊するのだろう。子供さえ残っていればもっと簡単に事を進める事ができただろう。しかし、この村には子供はいない。村の外に気配を感じる事もたまにあるが、かやは気配を感じる昼間に好きに動く事はできない。父母や大人の目の届く所で村の手伝いをするしかできないのだ。
(夜は寒くて嫌いだ……温かい体が欲しい……)
かやは震えそうになる体を自分で抱きしめて落ち着こうとする。
しかし、村にゆっくりと近づいてくる気配は冷ましかけたかやの理性を沸騰させるのに十分な熱を持っていた。
弥太郎はなんとか見える足元に注意しながらそっと歩を進めている。どこかでしっかりと誅とあかがねが見ているとは聞いているが、夜の静かな山は恐ろしい。風や小さな生き物が悪戯に音を立てるだけで、弥太郎の足は止まりかけてしまう。それでも弥太郎は泣きそうな顔をしながら必死で歩を進めていた。
パキリ、踏んだ小枝がそんな音を立てた時、弥太郎の目の前にはよく知っている顔があった。
「ッひ、」
知っているが、弥太郎の知るその顔はこんなに冷たく自分を見ない。そして暗い中で目が光ったりしない。悲鳴を上げる事も忘れて弥太郎はその場で震えあがる。
「
静かに問う声を弥太郎はよく知っているはずなのに、今聞いている声は全く知らない。静かに笑う顔も仕草も知っているのに知らない。矛盾しているのは、もしかしたら弥太郎の知るかやと目の前のかやが別人だからかもしれなかった。
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